部誌5 | ナノ

そう言って君は、



扉を開けると、外側はすっかりと暗くなっていて、しんと静まり返っていた。まるで入る前と出た時では別世界のようで、それはきっと食事のお供に飲んだ酒のせいでもあるかもしれない。酩酊感にほんのり暖かい身体に染みこむ励起が夜独特のの孤独感を加速させているような気もした。トントン、と煉瓦を模したタイルの階段を降りた十束多々良は、白いコートを翻して寒いね、と言った。
「こんなに寒いとさ、雪が降りそうだよね」
そう言って手のひらを上に向けて夜空を仰いでくるくると回った。そして「あれ……、晴れてるや、星が見えるもんね」と言った。
「曇ってなきゃ雪は降らないね」
「……こんな気温じゃまだ降りやしないよ」
そう言って首をすくめて見せると、多々良はそっかぁ、と少し残念そうに笑った。
「良いレストランだったね」
帰り道をたどり始めた多々良のあとを追ってなまえが歩き始めたのを確認するようにちらりと多々良が視線をやった。それに気づかないふりをして、なまえはポケットからタバコの箱を取り出す。記憶が正しければ、あと4本。そんなことを思いながら一本を咥えて、ライターを探してポケットを探ろうして、多々良がこちらを向いたことに気づく。
ひょいっと伸ばされた指の意図に気付いて腰を屈めると、多々良の指に煙草の先が届いて、赤い火が灯った。
「……便利なもんだな」
なまえがそう言うと、多々良は「いいでしょう」と言った。
「でも、俺はなまえの能力も便利だと思うよ」
「まァな」
紫煙を吐いて、首を竦めると多々良はああ、寒い、と返事にならない返事を返した。
「お前の火で暖はとれないのか」
「そんなことで使ってたら帰り着くまでにバテそう」
「なるほど」
多々良は、あまり能力を大きく使う事が出来ない。多分きっと、黄金のクラン的な言い方で言うと、才能の差なのだろう。ストレインの等級分けとも似たようなものだ、と思いながらなまえは、少しだけ気分が落ちるのを感じた。
それに気付いたのか多々良は少し歩調を弱めると、なまえの隣をふらふらと歩く。少し子供っぽくて危なっかしい歩き方にハラハラしながら、なまえは肺にいっぱい煙を吸い込んだ。鼻先の火が大きく灯る。
「なまえの戸籍はさ、何処にあるの?」
「そういうことは、草薙さんが知ってるんじゃないのか?」
「知らないって言ってたよ」
「あっそう」
「……青のところ? それとも、普通のところ?」
多々良はつまり、なまえがストレインとして登録されているのか、違うのか、とそういうことを聞いているのだ。別に答えて不味いわけではないか、と思いながら、なまえは両方、と言った。
「……両方?」
「そ、警察に残るために、元の戸籍があったほうが都合がいいからな」
「……それは、青の王と話をつけたの?」
「そう。引き抜きを、断った時に」
「どうして?」
どうして、と多々良は問う。そう言えば、青のナンバー3は、赤から引きぬかれたんだったか。それ程に、宗像という男は強引で、融通の効かないタイプの男だということを、多々良も知っているのか、と思いながらなまえは紫煙と一緒に溜息をはいた。
「……警察にさ、力が無いと、誰が同僚を守るのさって、言ったのさ。……ちょうど、向こうに先に言った後輩が殉職した頃で……、そういう話だよ。それで、青の王が好きにすればいいって計らってくれた」
お陰で、情報収集なんかでいいように使われているようなところはあるけど、とボヤくと、多々良がくすっと肩を揺らして笑った。
「……ねえ、次、何時会えるかな」
そんな彼女みたいなことを、と思いながらなまえは後頭部を掻く。
「そうだな、年明け過ぎに、事件がなきゃ時間が取れると思う」
「結構遠いね」
「忙しいからな」
そっか、と多々良が言う。コイツみたいに、半分無職のような暮らしのやつにはわからないだろう、という嫌味を飲み込んで、それから、少しだけ短くなった煙草を見た。帰り道は、あとどれくらい残っているだろう。それを、煙草の減り方で換算して、4本、あれば、手くらいは繋げるだろうか、と考えた。
「あ、俺、買わないといけないものがあるんだ」
「……何」
タイミングが悪い、と思いながらなまえは多々良の手を狙っていた手をポケットの中で握りしめる。
「明日、うちの姫様の誕生会をしないといけないから、その飾り付けをさ、……まだ開いてるかな」
「開いてると思うけれど」
少しぶっきらぼうになっているのを自覚しながら、いうと、多々良が少し困ったように眉を下げる。
「……また、連絡してよ」
すこしだけクールな態度に、なんだかかなわない、と、そんなことを感じながら、溜息を吐いた。
「……あぁ」
じゃあ、ここで、と多々良が手を振る。白いコートが翻る。また、と振られた手に振り返さないで、紫煙を吐いた。





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