「もういいよ」なんて
「それでいいんですか」
背後からの言葉に、思わず苦笑が漏れた。
目の前ではラブストーリーさながらの告白劇が繰り広げられていて、周囲の人間たちは冷やかしているし、本人たちは周囲なんかお構いなしでお互いがお互いに必死だ。顔を真っ赤にしながら想いを告げて、受け入れて、言葉を返して、結ばれた。幸せな結末だ。望んだ結果だ。おれは、これでいいのだ。
込み上げる熱い何かは、感動しているからに違いない。祝福しているから、涙が零れそうになるのだ。
「いいんだよ、これで」
呟いた言葉は彼に伝わっただろうか。我ながら笑えるくらいに細くて、掠れた声だった。
「おれは、これでいいんだ」
望んだ結果だ。こうなるべく動いた結果だ。だからおれが傷つくなんて、間違っているんだ。
「もう、いいんだ」
目の前のハッピーエンドで、おれの恋も終わったのだ。
途方もない恋を、していた。
どうしようもない、うだつの上がらない恋だ。叶うはずもなければ、叶えるつもりもない恋だった。
おれ、みょうじなまえは、木兎光太郎に、恋をしていた。
10年越しの恋だ。小学生の頃からずっとそばにいて、そばにいるのが当たり前だった。いつしかお互いに大切な人間ができて、仲良くずっと一緒、なんて言ってられなくなることに気づいたとき、おれは恐れ、思いしった。光太郎のことが好きなんだって。
自覚したのは中学生の頃で、それからはずっと、彼女も作らず光太郎と遊んでいた。馬鹿をやるのが楽しかった。このままずっと続けばって、ありもしない願望を抱いていた。
このどうしようもない行き場のない恋の終止符が近いことに気づいたのは、光太郎が恋に落ちた瞬間を目撃したからだ。今思い出しても笑える。漫画みたいに呆気なく劇的に、光太郎は恋を落ちた。小さくて可愛らしい、女の子に。
それから、光太郎を焚き付けてばかりの毎日だった。頭の悪い光太郎にアプローチの仕方やら、デートの誘い方なんかを指示して、うまくいくように誘導した。相手の女の子の前で然り気無く光太郎を持ち上げたりして。そくやって、ゆっくりと、彼らの恋を、おれが、育てていってのだ。
それももう終わる。ハッピーエンドを迎えた今、おれの出番なんかもうない。これ以上は野暮ってもんで、おれは手を出すべきじゃない。あとの未来は、恋人たち次第なのだ。
そうしておれも、この想いに蹴りをつけるのだ。
光太郎にも彼女にも悪いことをした自覚はある。本来二人が培うべき恋心を、おれが追いたててしまったようなものだから。
でもどうしても、今じゃないと駄目だったのだ。卒業の前に、この恋を終わらせたかった。そうじゃないと、おれは一生、この恋を引きずりそうだったから。
だから、これで。
ほんとうに、おれの恋も、終わり。
「もういいよ」
恋人たちを見つめるおれの隣に並んだひとに告げる。おれよりも少し高い背から、顔を覗き込まれる。それに苦笑しながら、おれは微笑んだ。泣きそうな笑い顔になってしまったのは、許して欲しい。
「もういいよ、赤葦。待っててくれて、ありがとう」
表情を変えずに、赤葦はおれと同じように、光太郎とその恋人に目をやった。周囲の人間の目から逃れるように、寄り添った体で繋いだ手を隠す。
「いいんですか」
「うん」
「おれ、もう離しませんよ」
「うん」
「ほんとに、判ってるんですか」
「うん」
「……みょうじさん」
「離さないでくれよ、赤葦」
繋いだ手の力が強まった。痛いぐらいのその力は、赤葦の想いの強さかと思えば痛みも心地よい。
「好きです、なまえさん」
「……おれも、だよ」
赤葦に比べれば薄っぺらな言葉でも、赤葦は嬉しそうな顔をしてくれるから。
早く想いを返せるようになりたいし、近いうちになれる気もしている。
「支えてくれてありがとな、けいじ」
赤葦と同じくらい強く、握り返す。目の前の恋人たちのように、おれたちもなれたらいいと思った。
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