いつまでも一緒に
「タイガーただいまー」
玄関から間の抜けた声が聞こえてくる。時間を見ればもう0時を過ぎている。とっくに寝ている時間だが明日は学校も部活も休みというので久しぶりに夜更かしをしていた。といっても夜更かしした理由は先ほどの声の主を待っていたのもある。肝心の声の人物は玄関からさほど距離はないはずなのに一向にリビングに入ってこない。もしや、と思い廊下をのぞいてみると案の定廊下に倒れていた。またか、と呆れながら廊下に出て倒れいてる人物に近づく。
「おいなまえ、そんなところで寝たら風邪引くぞ」
「んー、だいじょうぶー」
「どう見ても大丈夫じゃねーよ……たくっ、そんなになるまで飲むなよな」
介抱する身にもなれ、なんて悪態をついてもなまえは「俺は酔ってませーん」なんていってくる。酔っぱらいは大抵そんなことをいうのでスルーして体を起こす。
「ほら肩貸せって、ソファまで運んでやっから」
「やだー、タイガかっこいいー」
「はいはい」
腕を自分の肩に回して引きずるようにリビングへつれていく。酔っぱらって返ってくるなまえをこうして連れていくのも慣れたものだ。リビングに戻るとさっきまで自分が座っていたソファになまえを寝かせる。
「水飲むか?」
「ん、飲みたい」
「わかった、ちょっと待ってろ」
ぽんぽんと頭を叩いてすぐに台所に向かう。水を注いだグラスを持って戻るとなまえは陽気に鼻歌なんて歌っていた。その様子にため息をこぼしながらグラスを渡す。
「また彼女に振られたのか」
口にするとぴたりと鼻歌が止まった。
「……なんで」
「なまえが飲み過ぎるのってだいたい彼女に振られたときだろ」
体を起こしてやりながらなまえの唇にグラスを押しつける。飲ませようとしたら自分で飲めるからと腕を振り払われてしまう。自分で飲めるなら大丈夫かと手を離してなまえが飲むのを眺める。
ちびちびと水を飲みながらなまえはぽつりと呟いた。
「俺ってブラコンなのかな」
「はあ?」
「なんか彼女にいわれてんだよね、『そんなに弟君のこと好きならずっと一緒にいたら』って」
今までの彼女にも同じこといわれてきた、なんて他人事のように口にしてまた水を飲むのを再開する。俺はというとなまえの彼女がいった台詞の方が気になってたまらなかった。
「なんで俺が上がるんだよ」
「その子がいうには俺デートのときでもずっとタイガの話しかしないんだって」
そんなつもりなかったんだけどなー、といいながら遠い目をするなまえ。本人の自覚のない行動にこっちが呆れるしかなあった。なまえが自分に甘いのは知っていたが、まさかそれが彼女と別れる原因にまでなっていたとは露にも思わなかった。
だが、それに対して喜ぶ自分もいるもんだからさらに呆れてしまう。
「それならさ」
ソファのあいているところに腰をかけてなまえの腹に手を乗せる。
「その女のいうとおり一緒にいたらいいんじゃね」
ちょっとした、冗談のつもりだった。自分も大概ブラコンだなと心の中で笑ってしまう。
自分からそんなことをいうのは気恥ずかしかったけれど、なまえならそれもいいなんて笑ってくれる。そう思ってたのに、予想外にもなまえは首を横に振った。
「無理だよ」
「なんでだよ」
「だって俺たち兄弟だし」
「兄弟だからいいだろ」
「バカだな、兄弟だからこそだよ」
腹に乗せている手に、なまえの手が重なる。口元に笑みを浮かべたままなまえは瞼を閉じる。
「俺たちは兄弟だから、いつまでも一緒にはいられないさ」
たとえば俺が結婚したり、もしかしたらタイガが結婚するかもしれない。そうなったら、一緒になんていられない。
タイガの子供はきっとタイガに似てるだろうな。そしたらきっと俺はおじバカになるの間違いない。
酒が入っているせいでやけに饒舌だったなまえはどんどん話すテンポが遅くなり、そのうち途切れ途切れになっていく。最後には話さなくなり、寝息だけが聞こえてきた。
俺はなまえが眠るまで、なまえの話をずっと聞いていた。いや、なにもいえなかったの方が正しい。まさかなまえからそんな言葉を聞くなんて、思いもしなかったからだ。自分の予想が大きく外れ、なまえの口から出た言葉はまるで自分が拒絶されたような感覚になる。
と、同時にずっと一緒にいるかもしれないと信じて疑わなかった自分がいたことに戸惑いを隠せなかった。
それがなぜなのか、自分でも分からない。ただ、そう思った自分はなまえ以上にブラコンなのではないかと心配になった。
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