部誌5 | ナノ

ハリネズミのジレンマ




「ねぇ、ハニー」
「…………なんだよ、ダーリン」

さっきからずっと自分の膝の上に座って本を読んでいる恋人に声を掛ければ、せめてもの抵抗のようにしばしの沈黙があり、栞を挟んでから本が閉じられた。
それでも、自分からはどんな表情をしているかなんてさっぱりわからなくてもどかしい。

「久し振りの逢瀬なのに、この完全防備はなんなの。ハニー、僕、泣いちゃう」
「アンタに素肌で当たると痛いからに決まってんだろ。それに、アンタだって後々痛い目見る癖に何言ってんだ。勝手に泣いてろ、ダーリン」

持っていた本を目の前の机の上に起き、やれやれとため息をつきながらぐるりと向きを変えて、僕と向き合うような体勢になって、ハニーはじろりと見上げてきた。
ふわふわした金色の猫っ毛ときらきらした宝石みたいな瞳。
あんまりにも愛おしくてたまらず額にキスをすれば、色気も何もない「ぎゃっ」という小さな悲鳴と共に、アッパーが繰り出される。
地味に痛い。

「だから、痛いって言ってんだろ!アンタの唇が腫れたって僕は知らないからな!」
「ハニーに触れられるなら、別にどうなったって構わないのに」
「ちょっとは気にしろ。アンタ、お偉いさんなんだろ。一応」
「大丈夫だよー。誰もそんなこと気にしないから」
「そんなわけないだろうが。アンタは僕みたいな下っ端とは違うんだから」

ぷんぷんという効果音が似合いそうな怒り方も可愛くて、ぎゅうと抱きしめれば、それは受け入れてくれるようで、そっと背中に腕を回してくれる。
この子はいつも、自分が痛いから嫌だと言うくせに、僕の心配をしてくれていることの方が多い。
本当に愛しくて愛しくてたまらない。
ハニーは悪魔で、僕は天使。
そうじゃなければ、もっとずっと、君を愛することが出来るのに。
あぁ、なんてもどかしいんだ。


初めて出会ったのも、逢瀬でよく使う公園。
様々な木々が植えられ、大きな池もあって、立派な噴水もあって、東屋もある。本来ならば逢引に使われたり、子供たちが遊びに来たり、もっと活気があってもいいような公園。
けれど、天使が多く住む場所の端っこと悪魔が多く住む場所の端っこが何故か隣接しているこの公園は、天使たちは「薄気味悪いから近寄りたくない」と言い、悪魔たちは「うっかり天使と遭遇するのもめんどくさい」と言って、結局どちら側の存在も進んで使う様なことはせず、誰かが居ても基本的には干渉しないのが常だった。
それが僕は心地よくて、こっそり仕事を抜け出してはここでぼんやりすることが多かった。
いつものように、公園の奥の方にある東屋で昼寝でもしようかと思ってやってきた僕は、その東屋の入り口にうずくまっていたハニーをぽーんと蹴飛ばしてしまってから、その存在に気付いた。
悪魔に見られる特徴よりも天使に見られる特徴を多く持っていたハニーを天使の子供だと判断した僕は、突然のことにびっくりして縮こまっている彼を手当てしようとして、痛い触るな天使なんか嫌いだと拒否されて、そこでようやく彼が悪魔だと気付いた。
天使が纏う聖の気は悪魔の穢れを祓ってしまうらしく、それは彼らにとって痛かったり、具合の悪いことらしい。そして、悪魔の纏っている穢れは天使の肌に合わないらしく、悪魔と触れ合った場所は赤く腫れてしまう。
だから、あの時僕はたまたま自分が着ていた無駄に布の多い服を破って、それですっぽりハニーをくるんで、僕を怖がっている彼を宥めたり、僕がうっかり蹴ったせいで作ってしまった怪我や、そうじゃない怪我を手当てした。
それから何度も僕たちは偶然会ったり、約束したりして会ったりして、仲を深めていった。
天使の中でもちょっと変わっている僕と、悪魔の中じゃ毛色の違うハニー。
人気のない公園での僕らの逢瀬は誰にも咎められることはなかったし、気付かれていたとしても今まで妨害をされたりすることもなかったから、放置されているようだった。
僕は初めてハニーを見た時からそれはもう愛おしくて愛おしくてたまらなくて、ハニーはそんな僕に最初は警戒しながら、最終的には呆れながらも段々絆されてくれた。
そして、晴れて恋仲になったのはいいけれど、種族の差が僕たちの恋人としてのステップを踏むことや、触れ合うことすら阻んでくるのだ。
ハニーは特に気にした様子はないけれど、僕は不満でいっぱいだった。

「僕はもっとハニーといちゃいちゃしたり、繋がったりしたいのになぁ」
「……本当に、アンタは発想が僕よりもよっぽど悪魔や人間に近い発想してるな」
「そんだけ、ハニーのことが好きなんですー」
「はいはい。そりゃどうも」

僕の膝の上に座っているハニーは、きっちりと長袖のワイシャツのボタンを一番上までして、皮の手袋をして、長ズボンに膝のあたりまである編み上げブーツ、マントのフードもきっちり被って顔以外の素肌を隠していて、僕に直接触れないようにしてくれている。
それに対して僕は袖のない胸元もそれなりに開いたゆるーい服に、ゆるーいズボンと裸足にサンダルという出で立ち。
性格的にもハニーはきっちりとした服装の方が好みだから僕に気を使うのは半分ついでのようなもので、僕はゆるゆるしている方が好みだし、ハニーが気を使ってくれているからいいやという甘えもあって、こんな風になってしまっている。
もっとハニーのことを感じたいのに、触れたいのに。

「なんかねー。あれだね。ハリネズミのジレンマ。もっとくっ付きたいのにくっ付けない。どっちも痛い思いするし」
「ハリネズミ?ヤマアラシじゃなくて?」
「んー。わかんない」
「でも、結局、こうやってちょどいい服装と距離感があるからいいだろ。取り立てて性欲があるわけじゃないし」
「僕はそれなりにありますー」
「はいはい。僕は、本来ならこうやって近付くこともできないようなアンタとこういう風に触れ合えるだけでも満足なんだけどね」
「そんなこと言われたら、わがまま言えなくなるじゃーん。ハニー、大好き」
「ダーリン、ちょろすぎ」
「酷いなぁ」

ハニーは僕に寄りかかって、楽しそうにくつくつと笑う。僕もつられてくすくす笑う。
素肌と素肌でくっ付けなくても、こうやって体温を感じることが出来る。
とげとげの針でくっ付けないハリネズミとかヤマアラシよりは、幸せだなぁと僕はハニーを抱きしめた。




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