部誌5 | ナノ

言の葉の色



どうやら、僕が暮らしている世界は、おかしいらしい。
いや、正しく言うのならば、まともな世界で暮らしている僕が感じ取っている世界が、おかしいらしい。
僕の耳は、ある程度まともな聴覚があるらしい。けれど、僕は音と言うものをいわゆる「音」として認識することができない。
僕は「音」を「色」として認識しているらしい。
でも、全部の音が「見える」わけじゃなくて、僕が注意を向けている相手の喋ってる言葉が時々色で見えるっていうのがほとんどだ。喋ってる言葉が聞こえないから、内容を認識することは出来ないけど、その内容に含まれている心の機微はなんとなくだけど、わかる。
あと、たまに音楽が色で見えたりする。でも、音は聞こえない。そんな感じ。
誰かが「共感覚」なんじゃないかって言ったけど、僕は音がわからないから、ちょっと違うんじゃないかなぁと思っている。特に興味がないし、ちゃんと調べたわけじゃないから、ホントの所はわかんないけど。





そんな僕がそれまで暮らしていた帝都から離れた島にある学校に通い始めてしばらくたったある日、いろいろと曰くのある旧校舎へ呼び出された。
そして今現在、学生服や教師の服装ともどこか異なる格好をした三人と、案内された小部屋の中で机を挟んで向かい合って座っている。

「あー、コイツ、文字は読めるんだよな」
「読めてるみたいですよ」

目の前に置かれた水鏡が不思議で見つめていれば、表面に文字が浮かんでは消え、視界の端できらきらと色が飛び交っている。
なんだろうこれ、と水鏡を覗き込めば、水面に映ったのは間抜けな顔をした僕だけで、反対側からひょこりと覗かせた顔に気付いて僕は顔を上げた。

「すごいだろう?これは僕が作った特別な水鏡なのだよ。君は言葉を耳で認識するのが難しいと聞いたからね、こちらの言葉を文字に変換して映し出すものを作ってみたのさ。君の言葉の構造がわかれば、君の言葉をこれに映すこともいずれ出来るようになるかもしれないが、僕は君がどのように喋るかわからないから、とりあえずこちらの言葉を映すだけだがね。まぁ、なんでもいい。とりあえず、喋ってみてくれないか?」
『アンタが僕の言葉を理解したら、これを使えば、僕も会話できるようになるの?』
「そうかもしれないですけど、水鏡のままでは難しいですよ。歩けば表面は波立ってしまうから、歩きながらでは使えないですし。……あぁ、ほら。今みたいに机が揺れてもダメじゃないですか。上手く文字が映らない」

ゴーグルを付けた僕よりもいくつか年下っぽい男子がきらきらとした光を振りまきながら自慢げに言い、水鏡に浮かぶ文字を見て僕が言葉を発すると、ちょっと首を傾げて持っていたノートに文字を走らせた。
ゴーグルの彼にはわからなかったらしくて少し落ち込めば、正面の椅子に座っていた相手が氷みたいな色で、まるで僕の言葉が分かったみたいに反応をしたから思わず立ち上がれば水鏡の表面は揺らぎ、彼が何と言ったのか全部はわからなかった。

「なぁ、さっちゃん、何?どうしたの?」
「さっちゃんは止めてください。……彼が『これを使えば会話をすることが出来るのか』と言ったようなので、意見を述べたまでです。ていうか、先輩もなんでガラスとかじゃなくて水鏡にしたんですか。この後、校舎内の見学してもらうんでしょう?不便じゃないですか」
「しょうがないだろう。何しろ時間がなかったのだから。ガラスで成功するかわからなかったし、十分な実験をする期日もなかったから、とりあえず試してみて成功した水鏡でやるしかないだろう。彼が文字の読み書きができるのならば、移動中は筆談にすればいい話だ。そうだろう?それに、」
「それに?」
「水鏡の方がロマンがあるだろう!」
「こんな所でその変なロマン主義を発揮しなくていいです」

向い側にいる三人の中で一番年上そうでくたびれた白衣を着た人が僕の正面に座っている相手を「さっちゃん」と呼びながらつつき、「さっちゃん」と呼ばれた彼は煩わしそうな表情で答え、ゴーグルの彼に視線を向けた。
ゴーグルの彼がすらすらと弁明し、最終的にロマンだと胸を張れば、彼の言葉のキラキラに「さっちゃん」の冷たい一言が突き刺さって霧散した。
多分、この人たちはいつもこんな感じなのだろう。

「えーっと、虹哉くん?コウヤくん…うん。こーくん、でいいかな」
『はぁ』
「まぁ、あっちの校舎に暫く居たらしいから噂は聞いていたかもしれないけど、見ての通り、こっちの校舎はね、ちょーっと変わった面々が集まってるんだ。それぞれ、いろんな特徴があって、いろんな事情があって、こっちの校舎にいる。で、とりあえず君は、今日からこっちの校舎預かりになって、そろそろあっちの校舎でも大丈夫そうかなー?ってなったら、あっちの校舎に戻るかもしれないって感じ。いいかな?」
『はぁ』

白衣の彼がひらひらと僕の目の前で手を振り、水鏡を指して僕の視線を誘導すると、なんとなくもったりとした色で説明のようなものをし、僕がよくわかんないながらも顔を上げて頷くとにっこり笑って頷き返してきた。

「よし。……じゃあ、さっちゃん、こーくんのこと、後は頼んだ。俺は司書さんの書類整理のお手伝いしてくる」
「じゃあ、僕も工房に戻らせてもらうとしようか。さっちゃんくん、頑張りたまえ」
「ちょっと、二人とも、丸投げはないんじゃないですか?……あぁ、もう」

白衣の彼はもったりした色の足音にちょっときらきらを混ぜながら出て行き、ゴーグルの彼はさっきよりもきらきらを倍増させて言いながら部屋を出て行き、残された彼はため息をついた。
もしかしたら、あの二人は僕の正面に座ってた彼に最初から案内させるつもりだったのかもしれないし、多分彼も薄々気付いていたんだろう。

「多分じゃなくて、最初からそうだと思ってました」
『別に何も言ってないのに』
「すみません。俺も少々特殊でして。いわゆる心の声のようなものが、相手の考えていることがなんとなく聞こえるんです。あー、嫌なら、やめます」

何も言っていないのに「さっちゃん」から反応があったことに驚いて顔を上げれば、少し気まずそうな、さっきみたいな冷たい色じゃなくて違う色を滲ませながら言う。
あぁ、ここはそういう人たちの集まりなんだなぁ、「普通の人」の感じている世界と違う感じ方をしているのは僕だけじゃなかったんだなぁ、なんて、他人事みたいに考える。

『別に、嫌じゃないです。えーっと、さっちゃんさん?』
「すみません。名乗りますから、さっちゃん呼びは勘弁してください。俺の名前は里瑠と言います。里の瑠璃で、サトル」
『わかりました、さとちゃんさん。で、この後はどうするんですか?』
「さりげなく新しいあだ名をつけるのは止めてください。……とりあえず、こちらの校舎の案内をします。さすがに水鏡を持っては動けないので、この後は筆談になりますが大丈夫ですか?」
『大丈夫です』
「じゃあ、行きましょう」

さっきの氷みたいな色はきっと、いわゆる鋭い突っ込みっていうやつだったんだろうなぁとか、これも筒抜けなのかなぁとか考えながら、里瑠さんの後を付いて歩く。
廊下に出て、窓の外に視線をやれば、今まで居た校舎がなんだか遠くに見えた。うまく居場所を見つけられなかった校舎。自分が見ている世界が、普通じゃないんだって改めて突き付けられた校舎。
少しだけ胸の奥が痛んだけれど、それよりも廊下を転がってきた綺麗なビー玉みたいな「音」が気になって、里瑠さんが僕を止めようとして発したらしい「音」を振り切って、僕は廊下を走り出していた。




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