部誌5 | ナノ

花ひらくように、きみは



何がどうしてこうなった。
ぼくが頭を抱えてしまうのも、仕方のないことだと思いたい。


ぼく、みょうじなまえと高尾和成との関係は、家族のようなもの、というくくりだった。
公園で雨に濡れながら藤棚の下でぼうっとしていた和成を拾ったのは、ぼくだ。「ペットになる?」なんていう我ながら訳のわからない誘い文句――もちろん変な意味じゃない――に、和成が頷いたのが最初。目に見えて不安定だった和成を放っておけなくて、家に招いた。しんどくなったらうちに来ていいよ、って言った。だって和成はペットなんだから、うちのこになったんだからって。

再会はすぐで、やっぱり藤棚の下でぼんやりしていた和成を「帰ろう」って連れて帰った。一度目みたいに風呂に入れてやって、ココアを入れてやって、濡れた服を洗濯してやって。慣れない環境にか、和成は口を開くことは少なかった。恐る恐るこちらを窺う和成に微笑んで。落ち着いた頃に名前を尋ねれば、ようやく答えが返ってきた。和成の名前を知ったのは、実はこの二回目の出会いだったりする。

三度目の再会でまた招いて、在宅の仕事だから基本的にはうちにいるから、いつでも来ていいんだよって繰り返した。
四度目は迷いながらうちのインターホンを鳴らした和成を受け入れた。

五度目、六度目、七度目。
回数を重ね、時間を重ね、ゆっくりと、ぼくらは家族になっていったのだと、ぼくはそう思っていた。
人見知りで気遣い屋の和成と、人嫌いだけど寂しがりのぼく。破れ鍋に綴じ蓋みたいな、歪で、血の繋がりなんかないけど、家族なんだって。
だけどそう思っていたのは、ぼくだけだったらしい。

――オレの言いたいこと、わかる?

艶の含んだ表情と、重なった唇に、和成の言いたいことはわかった。解らされてしまった。
ぼくらは、家族だ。ぼくはそう思っていた。でも和成には違った。そのことに衝撃を受けたし、和成の気持ちに気づけなかったことにも衝撃を受けた。愚かにもぼくは、和成のことを何でも解ったつもりでいた。だけど、全然解ってなんかいなかったのだ。

――答えはすぐじゃなくていいよ。ちゃんと考えてからでいい。でも、オレのこと嫌わないで。ここに来るなって言わないで。

動揺に固まるぼくに和成は切なそうな顔で告げた。ぼくは、ゆっくり頷くことしかできなかった。




「なまえ、さーん」

ぼんやりしながらネギをひたすら刻んでいると後ろからぎゅっと抱きつかれて体が固まる。頭が真っ白になるぼくの腹に腕を回し、少し背伸びして後ろから頬にキスをしてくる。

「へへ、好き」

満足げな声で呟き、ぐりぐりと額を背中に押し付けて離れていった。鼻歌混じりにリビングに向かい、ソファに腰を下ろして相変わらず海外ドラマのDVDを楽しんでいる。

何をされたのかようやくして、カッと赤くなるのがわかる。頬がめちゃくちゃ熱い。頭に血が上ってるような気がする。ネギまみれの手ではどうしようもできないけど、手が空いてるならぼくは自分の頬を押さえていたと思う。

あれ以来、和成のアプローチはひどく直接的になった。
告白される前から、それらしいことはあったのだと、されてから気づいた。遅い。何度も和成が鈍い鈍いと言うはずである。そういえばそうだよな、思春期真っ盛りの男子高生が、野郎の膝に座ったりなんかしないよな!
自覚してしまえば意識するしかない訳で、和成のあからさまなアプローチに、恋愛経験のあまりないぼくはたじたじなのである。

ぼくだっていい大人なんだから、高校生の戯言だとか、男同士なんだし、とかいろいろなことを考えているのである。前途洋々な和成の未来を、ぼくなんかがだめにしちゃいけないとか、真面目に考えては、いるんだけど。
それを口にしようとする度に、和成はさっきみたいな頬にキスや、抱きついてきたりだとか、いろいろ仕掛けてきてぼくの思考を停止させるのだ。あれ、絶対わざとだし、最近は固まってしまうぼくをからかって遊んでると思う。チェシャ猫みたいな笑い方をたまにしてるから、絶対そうだ。そうに違いない。

はあ、と溜息を吐いて、刻んだネギをボウルに入れる。今日は肉団子のスープだ。生姜風味だから、体が温まるだろう。最近冷えてきたし、ちょうどいいはず。

「……なまえさん」

呼ばれて顔をあげると、へにゃりと眉を下げた和成が、ソファ越しでこちらを見てきていた。情けない顔だ。なんでそんな顔をしてるんだろう、と考えて、さっきのキスにぼくが怒って溜息を吐いたと思っているのかも、と検討をつけた。そんな顔をするなら、しなきゃいいのに。

それに、と思う。
困ったことに、別に嫌じゃないのだ。

和成は家族だ。ぼくには親もいて、妹もいて、ちゃんとした家族がいる。両親にも妹にも、不満なんてない。それでも、本来の家族とは別枠で、家族なのだ。それはぼくの中では変えようのない事実で、どうしてそう思うのか、突き詰めて考えたことはなかった。
和成に告白されてから、考えざるを得なかった。そうしたらすんなりと答えは出てしまったのだから、ぼくはぼく自身の感情にも鈍かったらしい。

「今日は、肉団子の生姜スープだよ」

微笑みながら言うと、和成はほっとしたような顔をした。ついで頬をわずかに赤く染めて唇を尖らせる。

「そこはキムチ鍋にしようよ」

「もう遅い。手伝わないカズが悪い」

ボウルの中の挽き肉とネギ、片栗粉や調味料を混ぜ合わせながら答えると、ちぇ、と和成は拗ねたように見せた。だからぼくは、ボウルの中身を確認しながら、告げる。

「キムチ鍋は、また今度ね」

「! うん……!」

嬉しそうな声だから、きっと嬉しそうな顔をしてるんだろう。だけど和成の顔を見れないのは、ぼくの頬も和成みたいに赤くなってるに違いないからだ。

照れて顔が見れないながら、こっそりと和成の顔を盗み見れば、まるで花が咲いたみたいに笑っていて、ぼくは自分の重症ぶりを知った。
だってそうだろう、身長の変わらない、体育会系男子高生の笑顔に、そんな感想抱くなんて。

甘酸っぱい気分を味わいながら、和成には悪いけど、もう少しこのままでいて貰おうと思った。
両片想いというものも、なかなか楽しくて、嬉しくて、ドキドキするのだと、ぼくは初めて感じているのだから。




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