部誌5 | ナノ

花ひらくように、きみは



「毎度おーきに、道具屋でーす」
「……ようやく来たか」

囲炉裏に向って座っていた狐面の男が玄関の方から聞こえてきた声に腰を上げると、その傍らで茶を飲んでいた少女は不思議そうな表情で男の後ろを追いかけた。

「遅かったな」
「だーって、狐の旦那ぁ、俺の店からここまでどんだけ距離あると思ってるんすかー」
「主様、お客さんですか?」
「違う。道具屋だ」
「あー、この子っすかー!噂の子ー!」
「おい、指差すな。……まぁ、とりあえず、上がれ」
「あ、お茶淹れますね」
「いや、だから、こいつは道具屋……あー、くそ。聞いてねぇ」

大きな荷物を背負った顔の上半分を覆う黒猫の面を付けた青年を、男の後ろから顔をのぞかせる形で少女は眺め、先程まで顔を顰めていた黒猫の面の青年は少女を指差してぱぁっと表情を輝かせた。
青年と男を不思議そうに見比べていた少女は男が青年に上がるように促すとぱたぱたと小走りに茶の準備をしに行ってしまい、止められなかった男はガシガシと頭を掻いた。

「……いやー、美味しそうな子っすね!」
「アイツを喰ったら一生後悔するような嬲り方するからな」
「やーだー。冗談っすよー。そもそも、俺の主食はニンゲンじゃないっすからー」
「冗談でもアイツの前でそういうこと言うな」
「はーいはい」

面の下で苦虫を噛み潰した様な表情をした男を見上げて青年はけたけたと笑い、荷物を揺らしながら屋敷へと上がった。

「お茶、どうぞ」
「わー、ありがとー。君は狐の旦那と違って気ぃが利くねぇ」
「うるせぇ」

荷物を下ろして男と話をしている青年に、おずおずと少女が茶の入った湯呑みを差し出すと青年はにかっと笑って湯呑みを受け取り、男はむすっとした表情を浮かべた。

「あ、そうだ。君、そこに立って」
「え?あ、はい」
「はーい、気を付け!」
「はいっ」

空いてる空間を指差した青年に不思議そうにしながら少女はその場に立ち、青年の掛け声にびしっと真っ直ぐ立つと、青年はいくつか印の付いた紐を片手に少女の腕の長さや諸々の寸法を測って何かを持っていた紙の束に書きつけると満足そうに頷き、「ありがとー」と声を掛けると元居た場所へ戻った。

「えっと、」
「お前もこっちこい」
「あ、はい」

どうしたら良いかわからずに戸惑った表情でいる少女を男は手招きをし、少女はちょこんと男の傍らに正座をした。

「えーっと、この子なら大きさは既製品でも大丈夫かなぁ。あとは柄の好みぐらい?旦那の好みで決める?この子の好みで決める?」
「コイツに決めさせろ」
「あーい。んじゃ、嬢さん、嬢さん。これね、柄の見本。色の種類とかも選べるけど、とりあえず好きな柄選んで?」
「え、あ、あの、」

持ってきた行李の中をごそごそと漁ってた青年は本のように綴じられた布の束を取り出し、男が少女を指差すと少女にぱらぱらと束を捲りながら言い、束を受け取った少女は戸惑ったように男と青年を見比べた。

「ここで暮らすのなら、着替えが必要だろう。持ってきたものだけでは、足りないはずだ。あと、他にも必要なものはあるだろう。鏡台とか……なんか、いろいろ」
「買って、くださるんですか」
「必要なものだろう」
「必要ですけど……」

男の言葉にぱちくりと目を瞬かせる少女を眺め、青年はくつくつと笑った。

「嬢さーん、いいじゃないっすかー。旦那が買ってくださるって言うんだからー。ね、旦那ー?」
「……あぁ」
「あ、えっと、あ、ありがとうございますっ」

にかっと笑って言う青年と小さく頷く男を見て、少女はぱぁっと表情を輝かせ、ぴょこんと頭を下げ、布の束をぱらぱらと捲り始めた。

「いやー、可愛いっすねー」
「だろう」
「わーお。旦那が素直に認めたぁ」
「悪いか」
「横で嬢さんが恥ずかしさで死にそうになってるぐらいっすねー」
「……」

からかう様な口調の青年にするりと肯定の言葉を発した男にけたけたと青年は笑い、男は少し恥ずかしげにしている少女を見て、わしゃわしゃと少女の頭を撫で、ずずずと茶を飲んだ。

「決まったか」
「あ、あぁっ、はいっ、こ、この柄、の、」
「その柄だとー、……よっ、と。この二種類の色ならすぐに準備できるよー」
「あ、そっちの、淡い黄色い方、」
「おー、お目が高い!じゃ、早速着てみるー?」
「え、あ、」
「着てみればいいだろう」
「じゃあ、是非」
「はいはーい」

恥ずかしさを隠しきれない少女を微笑ましげに青年は見ながら対応し、男は静かに茶を飲んでそれを眺めていた。

「じゃあ、ついでに鏡台も置こうか。君の部屋はどこかなー?」
「あ、こっちです」
「旦那ぁ、嬢さんの部屋、お邪魔しますねぇ」
「手ぇ出したら殺す」
「おぉ、怖い怖い。そんなことしませんよー」

立ち上がって自室に案内しようと部屋を出た少女の後ろを行李を片手に追いかけながら青年が悪戯っぽく笑って見せれば、男は低い声で応じ、ひょいと肩を竦めた青年はけたけたと笑いながら少女の後を追いかけた。

「やー、うちのシロちゃんが仕立てたので可愛い女の子が、かわいーくなるのはいつでも楽しみっすねー」

ひょこひょこと先に戻ってきた青年を男が見れば、「着替えはさすがに立ち会わないっすよー」と青年は笑った。

「やー、でも、旦那から連絡貰った時はびっくりしましたよー」
「そうか」
「でも、良かったじゃないっすかー。旦那と一緒に居てくれる人、見つかって」
「別に、一人でも不自由はしてなかった」
「でも、寂しかったでしょー?ここに遊びに来る奴、少ないですしー」
「……慣れた」
「またまたぁ」

並んで茶を飲みながら男二人は静かに喋り、ほうと息をついた。

「でも、あの子はさらに綺麗になると思うっすよ」
「あ?」
「元が綺麗ですし、何より旦那のことが好きですからー」
「……」
「恋する女の子は綺麗になるっすよー」

けらけらと笑う青年に男が顔を顰めれば、青年は気にせずに笑った。
やがてぱたぱたと小さな足音が聞こえ、二人ともそちらに目をやった。

「あの、お待たせ、しましたっ」

少女は先程選んだ着物とそれによく似合う帯や簪を身に付け、ひょこりと顔をのぞかせた。

「あぁ、よく似合っている」
「あ、ありがとうございますっ」

面の下でふっと微笑んだ男に少女はぱぁっと表情を輝かせ、それを眺めていた青年は楽しそうに笑った。

「いいねぇ、綺麗になる。綺麗になるよぉ。花がひらくように、きみは」
「他の着物も、試してみるか」
「旦那ぁ、ノリノリだねぇ。やっぱり、嬢さんが可愛いと嬉しい?」
「うるさい」
「おー、怖い怖い」




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