部誌5 | ナノ

ロケット花火



いつだって鮮明に焼き付いている。
今だって、憧れの君のままだ。



残り少ない夏休みの、更にわずかな休日。
日頃の部活で疲れているにも関わらず、澤村大地は母親の指示で自宅裏の物置の掃除をさせられていた。部活ばかりの澤村の私生活をフォローしてやっているんだから、これくらいはやりなさい、という訳だ。
受験勉強そっちのけで春高に出ることを決意した澤村は、父親に告げる時にもフォローをしてくれた母親の言いつけを破れないでいた。

「一体何があるんだ……」

埃舞う物置にけほりと咳込みながら、中にあるものをひとまず全て出していく。マスクを用意すれば良かったなあと思いながら、面倒で取りには行かなかった。埃まみれの体で家に入れば、母親の叱責は確実だ。

軍手の汚れていない部分で汗を拭いながら、必要ありそうなものとなさそうなものに分けていく。工具は必要、粘着性のない壁紙のようなシートは不要。
殺虫剤は必要と見せかけて中身が空だから不要で、無駄にある電池は使い古しだから、電器屋に持って行くべきもの。

両親の粗雑さがわかるように、物置の中は物で溢れかえっていた。げんなりしながら狭い通路いっぱいに物置の内容物を広げ、座り込んで仕分けをしていると、不意に澤村に影が落ちた。

「だーいーちーくーんっ」

振り返る前に背中にのしかかられる。前のめりになり、息が詰まった。

「なまえ?」

「そーだよん」

ケラケラと笑うのは、清水なまえだった。バレー部マネージャー、清水潔子の双子の兄で、澤村の恋人、だ。

後ろから首に抱きつかれているため、吐息が頬にかかる。汗をかいた体にひっつかれて、不快なのかそうじゃないのか、よくわからない。なまえも汗をかいているから、肌がしっとりと重なりあって、まるで夜の出来事を思い出させた。

「ほれ、差し入れ」

冷たいペットボトルが頬にぶつかって、びくりと体が震えた。熱を持ちそうだった体が鎮静化する。そのことに安堵を覚えつつ、ありがたく差し入れらしいスポーツドリンクを受け取った。

「サンキュ」

「いいって」

ぎゅ、と強く抱きつくと、なまえの体が離れた。飲むのに邪魔だと判断したのだろう。なまえの熱が離れて、風が通って涼しい。けれどなんだか寂しくて、誤魔化すようにペットボトルを開けて口をつけた。

「今頃物置の大掃除?」

「まあな」

喉を潤して頷く。そう大きい物置でもないから、簡単に片づきそうだ。
広げたものを眺めていると、夏にお誂え向きのものを発見した。花火だ。半透明のゴミ袋に乱雑に詰められていて、あまりの雑さに、我が親のことながら溜息が漏れた。いつのものかわからないし、袋の口がきちんと閉じられていたわけではないから、火がつくかどうかは定かではない。去年花火をした記憶はないから、相当前のものな気がする。

「いいものあるじゃん」

なまえも同じものを目にしていたらしく、澤村より早くそれらを手にとった。湿気って役に立たなそうな花火の山は、廃棄物候補だ。

「いつのものかわからないけど、多分それ、ゴミ」

「まじ? 勿体ないな〜お、線香花火」

待って待って、と誰に言っているのか頼みながら、勝手に工具箱を漁る。取り出したのはチャッカマンで、一本線香花火を手に取り、澤村に背を向けてカチカチと音を鳴らし出した。一応、大量の花火に遠慮しているらしいが、風向きが逆である。なかなか火がつかないし、ついても火の粉が花火に引火したら終わりだ。
相変わらずこいつ馬鹿だなあ、と半眼で見やりながら、澤村はごくりとスポーツドリンクをまた口にした。慌てないのは、湿気ってはいるのを確信しているからだ。物置はボロく、雨風に相当弱そうだった。

「澤村〜点かない〜」

「だろうな」

「まじかよ……」

途端にしょんぼりするなまえの手からチャッカマンを奪い、工具箱に仕舞う。もー、と唸りながら花火の袋を漁るなまえの後ろ姿を見るに、邪魔をしきたのか、応援しに来たのか判断に迷うところだ。

「おお、懐かしい」

そう言ってなまえが取り出したのは、ロケット花火で。人に向けてはいけません、という標語を嬉々として破りそうな人物の手にある事実は、例え湿気っているとわかっていても心臓に悪い。

「おれ、これ好きなんだよなー! なんで湿気ってるかな! 湿気ってるかな!?」

「天の配剤だろ。あと湿気ってなくてもここで絶対に火は点けるなよ」

「判ってるよ」

どうだか。
基本的に澤村はなまえという人物を信用していないので、何かあるまえに予防する癖がついてしまった。まあチャッカマンは取り上げたので、花火をいじっていても大事にはならないだろう。そう結論づけると立ち上がり伸びをした。前屈みでいたために、腰が曲がっていそうな感覚が消えない。

どう片づけるかな、全部捨てていいかな、と大雑把なことを考えながら、収納計画を脳内で広げる。不意に静かになったなまえに気づき、視線を向けるとぼんやりと手の中のロケット花火を眺めていた。

「おれって、この花火みたいなのかねぇ」

ぽつりと呟かれた言葉が耳に届く。

「きよに言われたんだよね、昔。なまえは私を振り回してばっかりで、だけど前しか向いてなくて。ロケット花火そっくり、って。あれ、いつだったっけなぁ」

懐かしげに告げるなまえに、澤村も過去を思い出した。清水潔子がそう告げたその場所に、澤村もいたのだ。同じ言葉を聞いていたのだ。

まだ、なまえがバレー部にいて。澤村たちが小さな巨人の世代のその大きさに、彼らがいた烏野高校バレー部という肩書きの重さに苦しんでいたなか、ひとりキラキラした笑顔で、バレーが楽しいと全身で表していて。烏養前監督のしごきにたった1人ついていけていた、あの頃。

なまえが怪我をして、バレーができなくなる前の話だ。

「まさにこれ、ってカンジ。湿気って前に進めない」

くすりと自虐的に笑う姿に、思わず顔が歪んだ。怒りにか悲しみにかわからない。苦しいのかもしれない。
治るかもしれない、と潔子は言った。だけど、再びバレーできるようになりたいと願わなかったのは、なまえだ。

(おれは、きよがバレー好きになってくれたから、それでいいよ)

そう笑ったなまえは勝手に決めてしまった。バレーを止めることも、真面目にリハビリに取り組まないことも。そこに澤村の意見は一切挟まずに。

喉の奥に刺さった小さな棘のように、そのことがずっと引っかかっている。

「バレー、また一緒にやろう」

「いいよ、西谷いるし」

なまえは、リベロだった。西谷がいるならもういいかと言ったのも、澤村は聞いた。
リベロはひとりじゃなくたっていい。お前がいてくれても、いいのに。

苦しい時、ピンチの時。コートの中で、なまえの姿を探す。
だけどコートにはなまえはいなくて、コートの外にも、試合会場にすらいないこともあって。
そのことがとても虚しくて、哀しい。

澤村が受験勉強を後回しにしても春高に出ることをなまえに相談せず決意したように、なまえもバレーを止める時に、何かを決意したのだろう。それを理解していても、澤村の胸には苦いものが広がる。

要するに、澤村はなまえの決断の中に介在していたいのだ。なまえのそばにあり、様々なものを共有したいのだ。
自分はそうしなかった癖に、なまえにはそれを望んでいる。厚かましく、傲慢だと自分でも思う。

でも、それでも。

ロケット花火に視線を落とすなまえの背後に回り、来たばかりのなまえがしたように覆い被さった。体格にそう差はないはずなのに、腕の中の存在はひどく小さく思えた。

「さわ、」

振り向いたなまえの顎に指をやり、こちらを向かせて唇を重ねる。かさついた唇に、何故だか胸が痛んだ。

なまえが好きだ。
けれど同じくらい、憎らしい。

そうした感情を言葉にすることもできず、澤村はただただ、なまえに触れるだけのキスを落とした。
腕の中で体勢を入れ替え、向き合ったなまえの腕が背中に回る。応えるように強く抱き締め、深い口づけに変える。

これ以上はもう、何も考えたくなかった。




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