部誌5 | ナノ

ロケット花火



「最近俺の煙草代が激増してるのは、絶対お前のせいだからな」
「いやそれ俺関係ないですし」

深夜のアパートでビールを片手に、愚痴を漏らす。毎日を仕事に費やすしがない会社員には、ストレスの捌け口など喫煙か飲酒くらいしかないのであり、増税の煽りを受ける煙草代は容赦なく俺の財布を圧迫するのだ。そのストレスの原因は、俺の非難をしれっと受け流しやがる。なまえくん、と小さい手を伸ばして甘えてきた記憶から15年、こいつは非常にかわいくなくなった。
酔っぱらいの絡みなぞ気にせず、恭二は俺が指定して買わせてきたミックスナッツからカシューナッツだけを選んでもそもそ咀嚼する。この従兄弟は酒の入った俺の扱いをきちんと心得ており、適当に相槌を打ってあしらうのだ。

「っとに、お前は……お前がおむつしてた頃から可愛がってあげた優しいお兄ちゃんに、恩を仇で返すおつもり?」
「俺、なまえさんに何か迷惑かけたっけ」
「現在進行形でかけてるだろ!」

ほら! と指さしたテレビでは歌番組が流れている。ゴールデンタイムの人気番組、出演者は普通に生活していてもどこかで名前を聞くような、そんな有名どころばかり。その中で、「人気急上昇中の新人アイドル」と紹介された青い衣装の三人組男性アイドルの一人は、今目の前にいる従兄弟と全く同じ顔をしていた。当然だ。Biteの鷹城恭二は、八つ離れた俺の従兄弟だった。

「お前がアイドルなんぞ始めるせいで、俺は会社中で好奇の目で見られてるんだ。せめて芸名にしやがれこの馬鹿!」

ぐぐぐっと詰め寄り、ストレスの原因たる恭二を睨みつける。鼻筋が通り、眉のしっかりした精悍な顔立ち。昔から親戚が集まるたびに「恭二くんはなまえくんの小さい頃にそっくりね」と言われてきた従兄弟は、俺とそっくり――いや、俺が二十歳だった頃より少々イケメンだろうが、それなりに俺と似た風貌に育ってしまった。何より、右に輝くエメラルドと、左に煌めくサファイアのオッドアイ、そして左目の下の泣き黒子は、俺と恭二と、もう一人の従姉妹の三人のお揃いだった。
芸能人に似ている顔と、同じ苗字。これが揃えば俺が鷹城恭二の縁者であるという噂が流れるのは必然で、俺はミーハーな女子社員から異常にモテるようになった。
そこまで頭が回らなかったのかと、恭二の額を小突いて非難する。それにこいつは、ほんの少しだけ申し訳なさそうに肩を竦めた。

「ごめん。事務所入ってから、デビューまで一瞬だったから。芸名とか、考えも至らなかった」
「……まあ、今更言ってもどうにもならないことだけど」

自分が恭二に甘いことは自覚している。それでも、弟も同然と思っているこいつにこうして謝られてしまうと、それ以上文句が言えなくなってしまうのだ。俺は残ったビールを一気に飲み干して、勢いよくテーブルに戻した。空っぽのアルミ缶が乾いた音を立てる。
テレビで流れるBiteのステージ。録画したこの映像を、俺は何度見ただろうか。

「そういえば、今日は楓さん、呼ばなかったの?」
「呼んだけど忙しいって。来期のドラマの撮影が詰まってるんだと」

恭二が出したのは、俺たちと同じ瞳を持つ、もう一人の従姉妹。彼女もアイドルとして活動しており、しかも恭二など足下にも及ばないだろう超人気アイドルである。いや、まさか新しい衣装を「胸元がキャベツに似てる」などと表現していた天然従姉妹が、今やテレビで見ない日はないほどの売れっ子になるとは思わなかった。
昼間に送った誘いのメールには、本当に残念そうな返信があった。

「楓が恭二に会いたがってたよ。8月中に会って、花火したいって言ってた」
「花火って……楓さん、子供みたいなところあるよね」
「世間じゃ神秘の女神とか言われてるけどな」

二人で苦笑して、話題は彼女の活躍のことへ。楓に負けないくらい売れて、兄貴を見返したいと息巻く恭二に、頑張れと応援しながら、俺は少々寂しさを感じていた。

鷹城の別荘の庭で、三人で花火をしたのはいつのことだろう。勢いよく打ち上がるロケット花火に怯える恭二を俺と楓で宥めたのが昨日のことのようだ。
従兄弟たちの中でも特別に仲の良かった俺たちは、機会さえあればいつでも一緒にいたから、こうやって成人しても交流を持つことは自然だろうと思う。けれど、二人がアイドルになった今、それもいつまで続くかわからない。

時間の流れって寂しいなーと、三十路間近のおっさんはぴちぴちの二十歳を前に、自分の立場をしみじみと考える。また煙草の量が増えそうだ、と考えて、少々憂鬱にるのだった。




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