部誌5 | ナノ

ロケット花火



「ねえ、ビーチ行こうよ」
身を乗り出して言い出した翔太に、なまえは読んでいた小説を目線から下げて、翔太の顔を見た。
「……夜だけど」
そう、もう外は真っ暗だ。特にこの辺りはリゾート開発が進んで賑やかなところではなくて、リゾートと言う皮を一枚剥いてしまえば、ただの田舎だ。きっと夏こそ賑わうものの、その他の季節は質素で慎ましい雰囲気の田舎なのだろうと、なまえは思っていた。
なまえたちが泊まっているバンガローもきっと夏が終われば閉鎖されてしまうのだろう。翔太のことだから、夜の海に入ろうなんてことは言い出さないだろうから、その点は安心できるかもしれないが。
「へへ、あのね、冬馬くんが良い物買ってきてるんだ」
翔太が嬉しそうに笑った。それに大体の見当がついて、なまえは、あぁ、なるほど、と言った。
「えっ、わかっちゃったの?!」
「うん。花火でしょう。来る前に冬馬がドンキに行くって言ってた」
「そっかー、サプライズにしようと思ったのに、冬馬くんったら抜けてるんだから!」
「そうだね」
くつくつ、と笑いながら、なまえは読んでいた本に栞を挟んで、サイドボードの上に載せた。それから、読書の為につけていた枕元のライトを消す。こういうリゾートのバンガローというのは雰囲気は悪くないのだが、電気が暗いところが難点だな、となまえは思った。
「はやくはやく!」
翔太がなまえの手を引く。
「ああ、足元が暗いんだからライトを持っていかないと」
「あっ、そうだね」
翔太はそう言いながら、なまえがライトを持ったことを確認すると、きちんと鍵を閉めてね、と言った。そこで、ああ、そうか、と思いだしてなまえはテーブルの上においた鍵を手に取る。
「翔太はしっかりしてるなぁ」
「なまえくんが抜けてるだけだよ!」
部屋の鍵をファスナーの付いているポケットにしまって、木製の階段を降りる。翔太はなまえが転ばないように慎重に手を引いた。それが、介護みたいだとなまえは思いながら、きっと自分の運動神経が悪いことを気にしてこうしてくれているのだろうと思うと、悪く無いと、そう思った。
「さぁ、北斗くんと冬馬くんが待ってるよ!」
翔太が、ニコニコと笑った。


ビーチへと続く道に一つぽつんとついた街灯の下で、冬馬と北斗が手を降っていた。それにライトを振り返すと、翔太が足元照らさないと転ぶよ!と言った。どっちが年上だかわかったものではないとなまえは苦笑する。
「お、来た来た。転ばなかった?」
「ん。翔太がキチンとエスコートしてくれたからね」
「介護の間違いじゃなくて?」
「あ、冬馬もそう思う?」
「……自分で言っちゃうんだね」
北斗が呆れたように溜息を吐いて、手のひらを上に向けてなまえに差し出した。
「じゃあ、ここからは俺がなまえをエスコートしよう」
ぱちんと片目を瞑る北斗に、ちょっと見惚れて、なまえは吹き出すように笑った。それから、その手のひらに手を重ねる。
「宜しく、王子様」
「お任せを」
こういうことを言っても、様になるのが、さすがはアイドルなのだろう。そう思いながら、なまえはふっと冬馬を振り返った。
「ところで、バケツは用意してるの?」
「バッチリ。真水入れて持ってきたから重くて重くて」
冬馬がそう言いながら、軽々とバケツを抱えてみせた。軟弱ななまえではそうは行かないだろうと思いながら感心する。
なまえは、小説家だ。なんだか、賞をとったりとか、ドラマ化されてそれの脚本の手伝いをしたりとか、その延長で、ドラマにキャストされた北斗と知り合った。それから、北斗に紹介されて翔太や冬馬と仲良くなって、仕事のついでにと言って、撮影旅行に一緒に連れてきてもらった。
多分、北斗はなまえが小説で煮詰まっている相談したことを気にかけてくれているのだろうと、なまえは知っている。
それを素直に有り難いと思いながらなまえは暗い砂浜を北斗に手をひかれて歩く。海辺は、涼しい。暑い場所なはずなのに、波が砕けて水蒸気になって、どことなく、過ごしやすい気温になる。かと言って、そんなに涼しいわけではないので、つないだ手がじっとり濡れるのを感じていた。


「行くぜ!」
冬馬の掛け声とともに、なまえが線香花火を持った手を揺らした。
「あ、」
案の定、先っぽが落ちてしまう。まだ始めたばかりだったのに、と思う間もなく、シュバ、と地面置きの噴き上げる花火が音を立てた。
びくっと、反応しかけた身体をなんとか押さえつけながらなまえは色とりどりの火柱を眺めた。
「すごい!!色が変わったよ!冬馬くんもう一つ!!早く早く!!」
「オッケー!」
翔太と冬馬のやりとりを見ながら、なまえは線香花火をバケツの中に入れた。
「……大丈夫かな?」
冬馬と翔太から離れて北斗がなまえの横に腰を下ろす。なまえはあんまり、驚いたりするのが得意ではない。そのことを見抜いてのことだろうと、なまえは思いながら、大丈夫、と答えた。
「きれいだね。……北斗ももう少しそばで見て来ればいいのに」
「俺はここで良いよ」
やさしいね、と言おうとしてなまえはその言葉を飲み込んだ。
翔太の歓声が聞こえる。楽しいなぁと思いながら、一つ始まってしまえば、点火のドキドキも薄くなって、立ち上がる火花を純粋にきれいだと思えた。
「……なまえはさ、アイドルには興味ないのかな」
「なんで」
「当然なまえがきれいだからだよ」
なまえは北斗の言葉に困ったように笑いながら、首を傾げた。
「……北斗にそう言ってもらえるのは嬉しいけれど、俺、鈍臭いからね」
「そこも、魅力だと思うんだけれどな」
「そう言ってくれるのは北斗だけだよ。君たちのことを見てるとね、アイドルってそんなに簡単じゃないんだって、思うし」
北斗が何かを言おうとして口を閉じた。
「俺はね、北斗たちのことを、尊敬しているよ。俺に出来ないことを君たちにはできるから。……それに、俺はまだ書きたい小説があるし」
「ごめん、そうだった。……俺はなまえの小説が好きだから、楽しみにしてるよ」
北斗のその言葉だけで、なまえはここに来てよかったと、そう思った。
「北斗ー!!ロケット花火いくぞー!」
冬馬が火の着いた花火を振って合図をする。それを危ないなぁなんて思ってから、ロケット花火、と北斗が「オッケー」と返事をするのを聞きながら考える。
「……ロケット花火は、苦手だな」
「俺が、手を繋いでるから」
北斗はそう言うと、有無をいわさずになまえの手を握った。それに砂地に落書きをしたみたいに、胸の中に形にならないような違和感が出来たのを感じて、なまえは息を詰める。
花火に点火される。パン、と音がするんだと心の中で言い聞かせながら、怖くなって北斗の手をにぎると、より強く握り返される。

花火の弾ける音が、自分の胸が奏でた音のように聞こえた。

弾ける火花を見上げて、きれいだ、と思いながらなまえは曖昧な感情で揺れる頭の中に、夜空に消えた火花が頭に焼きつくのを感じる。
「……北斗、きれいだ」
「そうだね」
あといくつ、ロケット花火があるんだろう。その間中、北斗が手を握っていてくれるなら、あと、いくつだって、あれば良いと、そう思った。




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