部誌4 | ナノ


そうしてきみはわらった



ノートに走るシャーペン。それを動かす白い指。微かに伏せられるように指先へ注がれる眼差しは、長い睫毛の影に落ちて涼やかで、そして流麗だ。

「何? 石垣くん」
「ぁ、いや……すまん。あんまり綺麗やったから、正直見惚れとったわ」

みょうじの指が止まる。もう少し眺めていたかったら残念に思いながら、けれど視線をついと向けられ胸が高鳴る。
隣席から、目を真っ直ぐにあわせて。決してはぐらかしたりなどせず、まるで逃がすまいとするかのように。

「私としては、一般的な女の子が書くような、丸文字になりたかったんだけどね」
「ええやん。その字の方がみょうじらしい。ほんまに綺麗や。小さい頃から習字してたん?」
「うん。小学校に上がる前から、そういう教室に通ってた」

今はもう卒業したけど、と少しだけ眦を下げたみょうじは、不意に思いついたという顔で「もうすぐインターハイだね」と、唐突に話題を変えた。
昼を間近に控えた四限での自習時間。黙々と予習や復習を広げる生徒はまばらで、ほとんどがお喋りに夢中だ。
だから俺の上ずった声を聞いたのはみょうじだけだったろう。

「みょうじがそんな話を振ってくるやなんて珍しいな。俺ん所は自転車やけど、興味あったんや?」
「そうだね……。ちょっと、面白い噂を聞いたから」
「噂?」
「新入生。凄い子が入った、って」
「あぁ、御堂筋っていう奴で、うちのエースや」
「御堂筋くん……」

吐息混じりに呟いたみょうじの声に妙な色を感じて、何故だか俺はそれ以上の言葉を続けられない。
舌の上では静かにその名を何度も味わっている風で、みょうじの意識はぽっかりと御堂筋に向いている。
何故、と問いかける声を寸でに呑み込み、みょうじの名を呼んだところで漸く、彼女の思考がこちらに戻ってきた。

「ねぇ石垣くん。インターハイのゴールで待っていたら、そのエースくんがゴールする瞬間、見られるかな?」
「インターハイのゴールて……それは、一概にそうやとは言えんけど。そうなるといいなぁとは思うてるよ。でも、今回の開催地は箱根や」
「新幹線ならすぐでしょう? 旅費だってそこまで負担にならないくらいだし」
「何や……その口ぶりからすると、前もって行く準備してたみたいやな」
「そうかな。でも、遠出は駄目って言われてるから、きっと応援に行けないね」
「親御さんか? 友達と一緒に旅行っていうのは、アカンか」
「嘘はよくないよ。だって――」

みょうじが言い掛けた途中、授業終了のチャイムが全校に響き渡る。
一際ざわつく周囲に彼女の言葉を完全に聞き逃した俺は、けれど不思議と何を言わんとしていたか分かったような気がした。

「だって私は、彼の応援に行きたいのだから」

そうして席を立ち教室を後にするみょうじの背を見送って、思わずこくりと息を呑む。
想う相手を心底愛しげに、艶やかに笑った彼女の顔が胸に刺さり……とてもではないが、昼飯を摂る余裕は失せていた。




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