部誌4 | ナノ


星に願いを



今日は鯖カツ丼を作る、と宣言したハルについて水泳部の面々とスーパーに寄り道したときのこと。
ハルはサバを熱心に吟味し、渚はお菓子コーナーへ向かい、怜と江ちゃんは渚を追いかけに行ったりと各自自由に行動していた。ちなみに俺は特に用がなかったのでハルの隣で一緒にサバを見ている。

「どれも一緒に見えるけどなぁ」
「なにいってるんだ、こっちのサバとあっちのサバは脂のノリが全く違う」

なんでそんなこともわからないんだ。なんて呆れられてしまったけれど、普段料理なんてしない自分にとってはどれも変わらない。そうしてサバ選びを待ち続ける10分、やっと満足のいくサバを選んだハルはほくほくとした様子で会計を済ませた。
と、そこへタイミングよく買い物を終えた渚たちが駆け寄ってくる。

「ねえねえハルちゃんマコちゃん!あっちで短冊書けるらしいよ!」
「短冊?」

スーパーの袋をぶんぶんと振り回してはしゃぐ渚が指した方向に目を向ける。すると気づかなかったが入口の横に笹部分に色々な飾りが施された大きな竹が立てかけられていた。色とりどりの紙が吊されているのを見てそういえばと思い出す。

「そろそろ七夕だね」
「もうそんな時期か」

すっかり忘れていた行事を今になって理解してハルと顔を見合わせた。どうやらハルも忘れていたようだ。この年になると七夕ではしゃぐことはあまりないからしょうがない。

「そういえば蘭と蓮が短冊にどんなお願いするか悩んでたな」
「お前も昔なにをお願いするかで悩みすぎて泣きながら俺の家に来たことあったぞ」
「ええっ!そんなことあったっけ」
「あった」
「もー!そこで思い出話に花を咲かせないで!せっかくの七夕なんだからここはみんなでお願いごと書こうよ!もしかしたら織姫様と彦星様が叶えてくれるかもよ!」

はい二人とも!とどこから持ってきたのかわからない短冊を渡されて半ば押され気味になりながら受け取る。もう書くのは決定事項みたいだ。どんな行事も楽しもうとするあたり渚らしいかもしれない。
ちなみに怜と江ちゃんももちろん短冊を手に持っていた。二人もきっと渚にいわれて書いたのだろう。

「二人はなんて書いたの?」
「僕は今のところバタフライしか泳げないので行く行くはバタフライ以外も泳げるようになりたいと」
「あたしはやっぱり全国出場です!あとはみんなの筋肉がもう少しゴニョゴニョ……」
「へ、へぇ……そういえば渚は?」
「僕はもちろんこれ!」

黄色の短冊を自分の前にずいっと出される。近すぎて読めなかったので一歩下がって読み直すとそこには『まこちゃんより背がおっきくなれますように! 渚』とでかでかと書かれていた。

「俺より大きくかぁ」
「そ!僕そのうちまこちゃん抜かしちゃうんだから!」
「渚君、そういう身の丈に合わないことを願うのはどうかと……」
「怜ちゃんひどい!そういってそのうち怜ちゃん抜かして見下ろされても知らないんだからね!」
「僕だって成長期だから背が伸びるので渚君が伸びても身長差は埋まらないと思いますが」

渚と怜で言い合いが始まってしまい、突然放り出されてしまった俺は一人途方にくれていた。その間にもハルは黙々と短冊に何か書いている。真剣な顔で短冊に向かっているが、一体なにをお願いしようとしてるのだろう。

(そういえば小学生のとき、『サバ一年分』って書いてたっけ……でもさすがにな)

もう自分たちも高校生だし、と思ったところで身長を伸ばしたいという渚がいたことを思い出す。でも渚らしい願いだからいいとして、ハルはどうするのだろう。気になってハルの後ろに回ってのぞき込んでみた。そこに書かれていたのはーーー

『サバ料理のレパートリーを増やしたい』

「……ハル」
「なんだ」
「ううん、なんでもない」

やっぱりハルはハルだった。小学生の時よりは変わってはいるが、それは願い事ではなく目標な気がする。いわないけど。
と、そこへ言い合いが落ち着いた渚がハルに近寄る。

「ハルちゃんお願い事なに書いたの?」
「『サバ料理のレパートリーを増やしたい』」
「えー!ハルちゃんまたサバなの?」
「サバは体にいいからな、もっと色々な料理に挑戦したい」
「それ願い事じゃなくて目標だから!もっと違うの書こうよー、たとえば『みょうじさんとつき合えますように』とか!」
「ちょっと渚君っ!」

みょうじ、という名前にびくりと体が跳ねた。自分のことではないというのに過剰反応してしまった自分に一人で恥じらう。
みょうじというのはハルの思い人のことだ。このことは水泳部全員が知っている。そして全員がハルの恋路を応援しているのだ。渚なんて上に姉がいるせいかそういう面でやたら助言をしてくる。ただしそれで進展できたのかといえば黙るしかない。
怜は気まずそうに眼鏡を直しているし、江ちゃんの方はやっぱり女の子だからか期待を籠もった目でハルを見つめていた。二人もなんだかんだハルの恋路を気になっているのだろう。

(でも三人はみょうじを女子と思ってるんだよな……)

実はみょうじは同性なのだが、ハルの恋というだけでここまで盛り上がっているのでこれ以上混乱を招かないようにあえて伏せている。
ちらりと問題のハルのほうを様子見た。片思いの相手の名前を出されて少しは動揺するかと思いきや、まったく表情が変わらず黙ったままだ。実際どう切り返すか悩んでることは幼なじみの自分しか気づいていない。助け船を出すべきかと話題を変えようと口を開こうとしたら先にハルのため息が出た。

「……渚」
「なあに?」
「考えてみろ、織姫と彦星は恋愛に現を抜かして最後は離ればなれになった。そういう奴らに頼ったところでご利益があるとは思えない」
「そういえばそういえばそうですね……」
「遙先輩のいうことは一理あります」
「えー、そうかなぁ……」

うんうんと納得してるのは怜と江ちゃんだけで渚は納得しきれていない様子だ。見守ることを選んではみたが、ハラハラしっぱなしである。一体ハルはどうする気なのだろう、そんな心配などいらないというかのようにハルは一息つくと「それに」と言葉を続ける。

「本気で叶えたいことは自分で叶えなければ意味がない」

「おお!ハルちゃんカッコイイ!」
「さすが遙先輩!」
「そうだ、本気で叶えたいなら自分で努力しないとですよね。僕も見習わなければ……」

決め顔と共に口にした台詞に三人のテンションが一気に上がる。そのおかげで短冊から興味が外れたようだ。再びハルに視線を戻すとばっちりと目が合う。

「なんとか誤魔化せたみたいだね」
「……別に誤魔化したわけじゃない」

ムッと眉を顰めて顔を逸らしてしまう。それは機嫌を損ねたのはなく、照れているだけなのはとっくに分かっている。ごめんと一言謝ってから自分も短冊に願い事を書き始めた。
願い事を書き終えてから竹の笹につける。最後にお願いしようと全員で竹の前で手を合わせる。

「織姫様ー彦星様ー!どうか僕のお願い叶えてください!」
「思うんですけど、こういうことする必要ありますか?」
「うーん、別に必要ないかも……」
「もう二人ともノリ悪いな!こういうのは気持ちが大事なの!」
「願い事を叶えてくれといっている時点で気持ちとかあるんですか?」
「何事にも礼儀ってあるじゃない!」

なんて三人で会話をしながら先を歩き出す。ハルもその後ろをついていき、俺も一緒に歩きだそうとした。
すると、生温かい風が頬を軽く撫でる。少し前まで感じた湿っぽい匂いもなくなり、夏が近いことを知らせる。視界の端で風で揺れる短冊が入ってきた。何気なく目を向けると、ちょうどハルの短冊が風のせいで逆になってしまっていた。そこであることに気がついて足を止める。

(あ……)

それを発見した瞬間、笑いがこみ上げてきた。いきなり笑いだした自分にハルが足を止めて振り返る。

「どうした真琴」
「なんでもないよ、ただの思い出し笑い」
「? 変なやつだな」

すぐさま興味を無くして歩き出すハルの後を追いかける。その間にさっきの短冊が頭に浮かぶ。変なところで素直になれないハルらしさが出てたそれを思い出すと口元が上がったままだ。

「ハル、願い事叶うといいね」
「ああ、だから今日は新たにサバカツ丼以外にも何か作ってみようと思う」

拳を握って意気込んでみせるけれど自分はそっちの意味でいったわけではない。でもいったら本当に臍を曲げてしまうから黙っておくことにした。


「お、竹がある。そういやそろそろ七夕だったな。短冊って色々書いてあるからおもしろいんだよな。ええとなになに『サバ料理のレパートリーを増やしたい』?こいつどんだけサバ好きなんだよ……って裏になんか書いてあるし。ええと……『せめて目を合わせたい』ね。なんだこいつも苦労してんだな。ううん、俺もなんか書いてみるかな。なに書こう……いやいやさすがにそんなの書いたら恥ずかしいだろ。イヤでも……名前書かなきゃばれない、よな?」


『せめて目を合わせたい』
『せめて五分だけでも話したい』




prev / next

[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -