部誌4 | ナノ


星に願いを



どうにでもなれ、と、なまえは思っていた。
切っ掛けはなまえの携帯に送られてきたメールで、そのメールにはいかがわしい写真が添付されていた。ただいかがわしいだけでは無くて、ディスコみたいなところで、胸が大きく開くセーターの開いた場所から大きな乳房を出して、それを後ろから男に揉まれて短いスカートをヘソの辺りまでたくし上げて、つるりとした股間のその間に男のモノを咥え込んでカメラ目線でカクテルを掲げている女が、自分の彼女で、さらに、その乳房後ろから揉んで自分のモノを彼女に突っ込んでお楽しみの男が、なまえの親友だった。そういう悪趣味な告発メールを受け取ったのが、先週の取り引きの失敗の責任を取る形で窓際部署への転属の辞令を受け取ったあとだった。

「俺の部屋に来て、たのしいことしない?」
偶然入ったバーで偶然知り合った男はなまえの耳元にそう囁いた。気さくな男は、シュテルンビルトの外から来たばかりで、案内役が欲しいと、そんな話をしていた。綺麗な金髪で体格のいい男。カタギだとは思えない雰囲気が危険で魅力的になまえには見えていた。
「楽しいことっていうのは?」
その時のなまえはかなり酔っていて、彼の言葉に囁き返す。
「アンタの人生、変えてやるよ」
彼はそう言った。麻薬だろうか。このまま殺されるのだろうか。それはそれで良いようなそんな気がしていて、なまえはいいよ、と返事をした。

口の中に舌が入り込んでくる。だ液で粘膜が滑る。熱い舌でイヤらしく咥内を愛撫されながら、なまえは状況を掴み損ねていた。
たしか、彼の部屋に来て、引っ越し用の箱が積みあげられた部屋で押し倒された。
「オレは、ゲイじゃないぞ」
なまえが進言すると、彼はあっさりノンケ食いだからと宣った。
「それに、さ、ゲイじゃない男が、キスされてこんなにするかな」
男に股間を鷲掴みにされてそこが兆していることに気づいて、なまえはぎょっとして男を押し返そうとした。
「気にしないでさ、楽しめよ……、な」
男がそう言いながらもう一度キスをする。そうか、自分は楽しんでいるのか、と思いながらなまえは拒むのをやめた。プラス思考に考えるとしたら、男もイケるとわかるということは、彼女に裏切られた傷を慰めるという意味ではいいのかもしれなかった。
従順にキスに反応を返し始めたなまえに鼻を鳴らして男は至近距離でニヤリと笑って、あのバーで聞いたセクシーな声で囁いた。
「……名前は?」
「なまえ。アンタは?」
「俺は、ライアン」
「ライアン、」
彼の名前を読んでみて、それから、もう一度キスを求めてみる。ライアンはなまえに、アンタ可愛いな、と言ってわらって、キスをした。

綺麗な男の口から、自分の性器が出て、そして、飲み込まれていく。目眩がするような淫靡な光景になまえはゴクリと息を飲んだ。ライアンはなまえの服を脱がせると全身をくまなくチェックするように舐めたりキスをした。特に乳首は念入りに舐めしゃぶられたが、なまえはそこで感じることはなかった。「慣らしてやるから」と言ったライアンは今、なまえの性器をしゃぶっている。
「ライア、も、う、」
出そうだと申告するとライアンはしゃぶりついたまま視線だけを上げて、彼を見つめているなまえに見せつけるようにして、音をたてて舌を動かす。彼の掻き上げられた綺麗な金髪が解れて額にかかっている。なまえは、産まれてはじめて男のことを本気でセクシーだと思って、それに欲情した。彼女に、フェラをしてもらったことはあったが、こんな風じゃなかった、と思い出しながら、なまえはライアンの口内に射精した。
なまえの出したそれをすべて啜ったライアンは、息を切らすなまえの脚を抱えると今度は尻に触れる。流石にそこに触れられるのはなまえにとっても恐怖で身体をかためたなまえに、ライアンは薄く笑うと、太腿を舐めながら大丈夫と言った。
「今日は気持ちよくするだけだ」
ライアンの優しい愛撫にまた気持ちよくなりながら、ソコを唾液やらローションやらでベトベトに濡らされて指を挿れられた。
「ぅあっ、」
ずくずくと腰に響く場所を指先で擦られて悶ながら、なまえは段々とこの男が好きになり始めていた。きっと親友に抱かれた彼女に抱いていた気持ちだって似たりよったりだった。だから、あの写真を見た時に、彼女ならそうするだろうとすんなりと納得して、そんな彼女を一途に思っている気になっていた自分に失望した。それをまた繰り返す。その自分を、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、そんな自分が嫌いではなかった。
「なまえ、」
名前を呼ばれてライアンを見つめて、霞んだ視界になまえは自分が泣いているのだと気づいた。
なまえを気遣うようになまえの涙をなめ取ったライアンは内部をかき回すと指の動きを止めて、開いた方の手で優しくなまえの頭を撫でる。
「辛いことがあったら、聞いてやるから、話してみろよ」
まるで母親が子供にするようにあやされながらなまえは、ライアンにすべてを曝け出して軽くなってしまいたいとそう、願った。

「つらかったな」
そうライアンは言いながら体中に愛撫を再開し、淫らな水音を立てながら、なまえの尻を掻き回した。
キスをされながら身体を暴き立てられて、慰められる。プライドが邪魔をして誰にも言えなかったことを聞いてもらって、全身に気持ちいいことをしてもらって、行きずりの名前しか知らない男に愛されてるような気になって、なまえはたまらなく感じていた。
「なァなまえ、アンタ、オレのモノになれよ」
「ゥん、らいあ、」
「仕事も全部やめて、心配事なんて、しなくていい」
なんだ、その甘美な誘いは。そんないい話があって良いはずない。そう思いながら蕩けた頭で、彼のモノになりたいと思っていた。
「あっ、ぅあ……」
何度目かわからない射精をして、腹を汚す。そうすると擦り合わされたライアンのモノから後を追うように白濁が吐き出されてなまえの腹の上にぶち撒けられた。ベトベトに汚された腹を見ながら、それに興奮する。
「急がなくて良いからな、よく考えてからでいい」
唇に優しいキスをしながらライアンが言う。
「なァ、なまえ、一目惚れだったんだ」
なんて陳腐な口説き文句だろう。それを彼が言うと本気でそう言っているように聞こえてしまう。これは毒だ。そう思いながら、もう、毒に冒されてしまって、身動きが取れなくなってしまったとおもった。
「抱いてみて、オレの勘が正しかったってわかった。アンタ、めちゃくちゃ可愛い……」
猛ったそれを擦りつけながらライアンはいう。可愛いなんて言われて喜ぶ男がいるのか。満更でもない自分にそう言ってからなまえは甘い声を上げて啼いた。

いつも通りの天井を眺めながら、なまえは目覚し時計を手にした。出社時間はとっくに過ぎていて、チカチカする携帯端末はその連絡だろうことが知れた。
身体の怠さが昨夜のことが全て真実だと物語っていて、それを裏付ける為になまえは左手を開いた。
クシャクシャのメモ用紙にはあの部屋の住所が書いてあった。

「なに、これ、」
風呂で体を綺麗にしてもらって、髪の毛を子供みたいに乾かしてもらって靴下まで履かせてもらって、玄関まで送られたなまえは受け取ったメモに首を傾げた。
「此処の住所。アンタ、ここに来るとき酔ってたから忘れないように」
「……、」
「身ひとつになってここに来いよ。待ってるから」
昨夜のアレは睦言なんかじゃなくて本気で言ってるのだとわかってなまえは顔を上げた。
「本気で来ると、思ってるのか。俺とお前は昨日初めて会って、互いの素性も知らないのに」
「アンタは昨日オレについてきただろ? オレが内臓売り払うようなやつかもヤクの売人かもしれないのに」
自分の葛藤を見透かされているようで居心地が悪くなって、なまえは少し目を逸らした。
「アンタは、そういう人間だ。それに、」
ライアンは声を落とす。甘い色香を含んだ声に心臓がはねた。
「……オレはアンタの身体を知ってる。それで充分だ」
「っ……、それは、お前の事情だろ」
「モチロン」
楽しそうに言ったライアンは、待ってる、と言って手を振った。


仕事を辞めて、部屋をすべて引き払ってから、残った銀行口座のカードを握りしめてから、なまえはこれで、ライアンに「お前なんか知らない」だとか「本気にした?」なんて嗤われたら、終わりだな、と思っていた。木漏れ日が清々しい昼間の公園で、一人ベンチに腰掛ける男を見て、通りすがりの人は失業中だと思うだろうか。間違っていない。そう思いながら、そういうプライドを捨てきれない自分を嗤った。
あの夜から半月が経っていた。ここまで自分が馬鹿だとはなまえは思っていなかったが、やり終わってみると清々しい気分になる。
それから、ああ、まだ忘れている、と一つ思い出して、もう契約を切ってしまった携帯端末を取り出した。二つ折り型のそれを開くと、なまえは勢い良くそれを2つに割った。バキ、と音がして割れたそれを横に引くと、コードが飛び出してまだつながっている。そのコードを力任せに引き抜いてから、その中に入ったカードを取り出して、一つ一つていねいに割った。
粉々になってなんの価値もなくなってしまったその携帯の欠片を拾うと、なまえはそれが良くないことだと知りながら、それでも、それを誰かに復元されたりしたくなくて、ゴミ箱ではなく、公園にある滑った苔の生えた池に捨てた。
そうしてから、ポケットに手を突っ込んで、あのメモを取り出す。
くしゃくしゃになったメモは大事に引き伸ばして、名刺用のカードケースに入れてあった。
何度も見て、住所は覚えてしまったけれど、それを失くしてしまうのが怖くて仕方なかった。

インターホンは高級な電子音で、こんなところに来ていたのか、と思いながら、記憶の薄れ方に、やっぱり住所を渡した彼は正しかったと思ったし、もし違う住所を告げられていて、別人が出たらどうしようか、と心配になった。
『なまえ?』
応答したのは、確かに彼で、その声は少し驚きを含んでいて、それが、なまえの胸を打った。
『今、開けるから、』
焦ったような音がして、解錠音がする。メモを眺めながら、なまえはエレベーターのボタンを押して、カードケースから取り出すと別々のポケットに仕舞ってから、自分のお粗末なプライドをもう一度嗤った。
扉を開けた先にいたのは、確かに、あの彼だった。あの日積まれたままだったダンボールは綺麗に無くなっていて、部屋は小奇麗でそれでいて居住感のあるように片付けられていた。
「……来てくれるって思ってた」
そう言って笑うライアンの顔を見ながら、なまえは少し笑って、首をかしげた。
「……本音は?」
虚をつかれたような顔をして、ライアンは大きく溜息を吐いて、それから、玄関先から中に踏み入れないでいたなまえの腕を引いて、部屋の中に入れると、扉を閉めて腕の中になまえを閉じ込めた。ライアンはなまえよりも身長が高い。だから、抱きしめられると、その胸に顔を埋めるような形になる。彼の体臭を嗅ぎながら、なまえは彼の服を掴んだ。
「……諦めそうになった」
吐き出された声は溜息のようで、その掠れた声になまえの胸は高鳴る。これが演技なら大した詐欺師だ。もしも、騙されたのだとして、後悔はしないとなまえは決めていた。
「もう、来てくれないかと思って、星にお願いした」
「星に? 見えるか?」
笑い混じりになまえが混ぜ返すと、ライアンも少しだけ笑う。
「……見える星もある」
「そう、」
すんすんと匂いを嗅がれながらなまえは手間取ったんだ、と言った。
「……仕事を辞めて、部屋も全部引き払った。俺のものは、俺のこの身体と、これだけだ」
そう言って、手元に残ったカードと身分を示すものをライアンに押し付ける。
それを驚いたように受け取りながら、ライアンは身分証を選んで眺めた。
「……なまえ・みょうじ、本名だったのか」
「ライアンは本名じゃなかったのか」
「いや、本名」
「……重いか」
そう聞いたなまえは、ライアンがここまでのことを望んでいなくて、軽い気持ちでそう言ったのではないかと疑っていた。
「んなわけ無いだろ」
間髪入れずにそう答えたライアンはなまえの存在を確かめるようになまえの体中をぱんぱんとはたいた。
「……あの夜抱いたのが、幻じゃないかって思ってた。3日待って、アンタを家に帰したことを後悔した。あのまま、閉じ込めてしまえば良かったと思った」
そう言ってから、重いだろ、とライアンは笑った。ああ、重い、と笑いながらなまえはライアンを抱きしめた。
「俺は、お前のものになるよ」
驚いたように身体をかためたライアンは、ああ、と、歓喜の溜息を漏らしながら、なまえを抱きしめた。


「はじめて見た時、不幸そうなアンタを見て、幸せにしたいと思った」
不幸そうなって、そんなことがわかるのか。そう思いながら、なまえにはもう、混ぜ返すだけの余裕はなかった。
「ァッ、ぅあ、……ァあ、」
「酔ってる顔が快楽が好きそうで、」
たっぷり濡らされた後ろを指で掻き回されながら、なまえは喘ぐ。あっちこっちを舐められて気持よくなって、ライアンの話を聞いていた。
「プライドが高そうで、それから、絶望してる」
彼の無茶苦茶な見立てが間違っていないことを知りながら、彼に最初から転がされていたのだと思った。
「ァあッ、」
言葉の合間に、弄られて赤く勃った乳首を吸われて、なまえは甘い声で啼く。なまえの乳首はゆっくりと触られて勃てられて、刺激されると、前まで感じなかったのが嘘みたいに敏感になった。
「すぐに堕ちてくると思った。そう思って、抱いてみて、アンタ泣いてるのを見て、全部欲しくなった」
甘い言葉に、思考までどろどろに融けていく。飽きて、捨てられるならそれでいいとすら思うほどに。指を挿れられた場所をぐるりと撫でられてなまえは身体を跳ねさせる。
「ッアア!」
「ここが、もっと解れたら、オレのを挿れてやるから」
太腿に彼が言うそれを当てられて、なまえはそれが、どうしようもなく待ち遠しくなった。
「首輪を買おう。アンタに似合うのを買って、着けるから」
蕩けそうな声に身体の芯まで融かされて、それから、鎖で縛られていく。依存という名の呪縛を感じながら、なまえはそれから逃げる気はなかった。
もっと、飼い慣らして欲しい。そうして、外で生きるための牙をすっかり抜かれて、彼のためだけのなまえになりたかった。
そうだ、星に願おう。なまえはそう思いながら快楽に身体を委ねて、いつか見たプラネタリウムの星空を思い浮かべた。

神様、俺を、ライアンだけの、狗にしてください。




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