部誌4 | ナノ


母の日



言われるまで気づかなかった。
そんなもんだろう、母の日、なんて。


「大ちゃんはさあ、感謝が足りねえよ」

今日のおやつを作りながらそんなことを言ってきたのは、幼なじみの桃井なまえだ。
ひとつ下のこの幼なじみは、青峰よりよっぽど大人だった。クソガキ時代、同じように馬鹿をやっていたはずなのに、いつのまにか大人びていた。何かあった時に青峰に分かりやすい言葉で噛み砕いて説明するのはなまえの役割で、諭し役でもある。青峰家からも絶大な信頼を寄せられ、青峰に何かあれば、なまえに相談するのが常となっている。

「感謝だぁ?」

「そう、感謝。働きながら家事なんてしんどいよ?」

練ったタネを紙の型に入れながらなまえが言う。今日はパウンドケーキらしい。6つはある型にタネを流し、レモン果汁、ナッツ、チョコチップ、バナナを潰したもの、紅茶葉を混ぜ込み、余ったタネにインスタントコーヒーを入れてマーブルにして味を変えている。
慣れた手つきで進めるなまえを、器用なもんだと青峰は桃井家の食卓に行儀悪く頬杖をつきながら眺めていた。ご相伴に預かれるのはすでに決定事項だ。

「家事なぁ、割とこっちで食ってるけどな」

青峰の両親は共働きで、青峰は幼い頃からしょっちゅう桃井家の世話になっていた。晩御飯から風呂まで、しまいには寝るのさえ桃井家で済ませていたこともある。目覚めれば自分の部屋のベッドで、朝用意された少し冷めた朝食を食べるのがほとんどだった。
一度、桃井家の子になりたいと両家が揃った時に言ったことがある。シンとしてしまった空間に戸惑い、なまえに殴られて喧嘩になったような。

(大ちゃんのじょーだんちょうつまんねー!)

そう眉をつり上げてなまえは叫んだ。思い出して、なまえはあの頃から大人びていたのだなあと考えた。あの一発は、青峰の両親のためのものだった。大ちゃんの弟なんか絶対やだね。そう舌を出しながら言ったなまえに、おれだってお前なんか、と返した気がする。

「でも大ちゃんの汗くっさいジャージとか洗濯してくれてんの、おばさんじゃん」

「あー……まあ」

「家事全然しない大ちゃんはデカいこと言えねえよ。手伝いすらしねえもんな」

オーブンのスイッチをいじりながらもすぐには焼かないらしい。よくわからん。そんななまえは、姉であるさつき以上にキッチンに立っているし、母親代わりに家事を任されることも少なくない。桃井母の料理は舌を巻くほどだが、なまえの腕もなかなかのものになってきた。あの母にこの弟がいて、何故にさつきがああなのか、桃井家の謎のひとつである。

「別にさー、いきなり家事しろとかそんなん無茶ぶりはしねえからさ」

「おお」

「カーネーションくらいあげたら? 感謝の気持ちとしてさ」

「おあー」

焼き上がるまでの虫押さえとして出されたドライマンゴーを摘む。いつかのおやつの余りらしいそれは、単品では青峰の好みではなかった。

「そうは言うけどよぉ」

椅子に片膝を立てて座り、やっぱり頬杖をつくという更なる行儀の悪さを披露しながら青峰は無意味に天井を眺める。

「金がねえよ……」

「ばかだなー! 月末までどうすんだよおれ絶対貸さないからな!」

「うるせえ!」

腹立ちまぎれにドライマンゴーを投げれば、行儀悪い、とキャッチしたマンゴーを食べながらなまえが今更ながらのコメントを返してくる。そうだ、前に食べたドライマンゴーはチョコレートに包まれていた。もしかしてあれもなまえの手製だったのだろうか。

「うちの母さんに土下座して頼んだら? 庭の花分けてくれるかもよ」

なまえに家事を任せて庭園作りに精を出している桃井母に頼めば、確かに花の一輪くらいは貰えるかもしれない。しかしその代償を考えると、簡単に頼んでみようとは思えない。桃井母は、青峰母より容赦ないのだ。

「おばさんの好きなガーベラ、今頃が開花時期なはずだし」

「別に、母の日なんて……」

口ごもる青峰に、なまえが溜め息を吐く。
自分の母親の好きな花すら、青峰は知らない。忙しい両親と仲が悪い訳ではないが、お互い遠慮があるのは確かだった。どちらかというと青峰より両親の方が遠慮がちで、中学時代荒れた青峰にも、何も言わなかった。言ったのはさつきで、なまえだ。

顔色窺うような態度を取られれば、さすがの青峰も居心地が悪い。だからこそこうして、休日の昼間に桃井家にいる訳で。

「たまには親孝行したら。大ちゃんが知らないだけで、おばさんもおじさんも、ずっと大ちゃんのこと気にかけてたよ」

姉ちゃんとおれ、よく質問責めにあったもん。
ころりとのたまうなまえに、思わず目を見開く。確かに青峰のことを誰より知っているのはさつきとなまえだ。

「だから大ちゃんの恥ずかしいこといっぱい言ってやった」

「ばっ……バカだろ! バカか!」

「年下に勉強教わりにくる奴に言われたくねーよ」

鼻で笑ってオーブンを開けるなまえに、言葉を失う。これで頭上がんないだろ、とにやにや笑うなまえは確信犯だ。

「だからさ、土下座してこいよ」

でないと一番恥ずかしいアレをバラしてやるぞ。


今年の母の日が強制イベントであることを、青峰は初めて知ったのだった。




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