部誌4 | ナノ


母の日



「タマ、喜びなさい!」
「ん?」
「数日、君が帝都に帰れるようにしてあげたわ。お休みをあげるから、母の日、しっかりやってあげなさいね」
「……ねぇ、お嬢」
「なぁに?プレゼントのお金は心配しなくていいわよ?ちゃんと用意して――」
「母の日って、何?」
「えっ」

本を読んでいるタマの所に駆け寄ってきたお嬢は顔を輝かせて一気に言い、やや沈黙したタマを心配そうに眺め、予想していたものと違った答えに戸惑ったように目を丸くした。





「……街が、様変わりしすぎ」

あれからお嬢に母の日のなんたるかを教えられ、プレゼント代や宿泊費としていくらかのお金を渡され、帝都にやってきたタマは、記憶の中と違う景色に呆然と立っていた。

「あれ?お前、三毛のとこのチビだろ?」
「え?……あ、翠さん」

ぼんやりと立っていたタマに声をかけてきた見知った相手にタマは表情を緩め、ふにゃっと笑った。

「久し振りだな。何。里帰り?」
「そんなとこ。だけど、道が、わかんなくて」
「まぁ、確かに。結構、建物変わったりしてるからなぁ…。どっちのとこ行くんだ?三毛?御笠?」
「三毛は、この時間、寝てるだろうから、御笠かな」
「あぁ…。確かに三毛はまだ寝てるな。案内してやるから来なよ」
「ありがと」

へへへと困ったように笑うタマを軽く小突いてからすたすたと歩き始めた翠の後をついていき、きょろきょろとあたりを見回しながらタマは歩いた。

「おーい、御笠」
「おぉ、翠。どしたん。こんな店にいっちゃん用事なさそうなのに」
「お前んとこのチビを案内してきたんだよ」
「うちのチビ?……おー、ちぃ、帰ったんか。しばらく見んうちに大きゅうなったなぁ」
「久し振り」

貸本屋の奥で本の整理をしていた男はタマを見ると切れ長の目を少しだけ見開き、翠の後ろから覗かせている頭をわしわしと撫でた。

「帝都の外はどうなん?居心地はいいん?」
「ん。今は、結構、いい感じ」
「そかそか。三毛には会ったか?」
「まだ」
「なら、今日の夜、会う約束あるから、一緒に行こか?」
「うん」

揺り椅子に腰かけ、ぽんと自分の膝を叩いた男の膝の上に慣れた様子でタマは座り、ぴったりとくっつきながら話す二人を眺めて翠はうえっと顔をしかめた。

「んじゃ、ちゃんと案内したからな。俺は帰るぞ」
「おー、翠、ありがとさん」
「ありがと」
「ん」

ひらひらと手を振って去っていく翠の後ろ姿を二人は見送り、ふふっと顔を見合わせて笑った。

「んで、ちぃ。この後の予定はあるん?」
「あ、うん。プレゼント、買いに」
「プレゼント?なんの?」
「母の日」
「母の日……って、え、ちょ、それ、みぃちゃんのこと、お母さん扱いするん」
「だって、お嬢が『母親っぽい方に渡せば母の日よ!』って、言うから…」
「そかそか。んじゃ、一緒に買いに行こか。今日はお店はもう終いにするわ」
「いいの」
「ちぃが帰ってきたんよ。それぐらい許されるわ」
「……そう」

ひょいとタマを膝の上からおろし、店仕舞いの作業をする御笠の手伝いをし、店を閉めると二人は街へ出かけていった。





「きゃー!ホントにちぃちゃんだー!!おっきくなったねー!」
「ん。久し振り、三毛」
「ちょ、みぃちゃん、やめぇ」

案内された部屋に御笠と共に入ると、部屋の奥から飛び出してきた青年に押し倒され、タマは笑い、少しむっとした表情の御笠に引き剥がされ、さらに笑った。

「ちぃちゃん、大きくなったねぇ。ご飯はちゃんと食べてる?こっちにはしばらく居れるの?」
「ちゃんと、食べてるよ。こっちには、お嬢が迎えを寄越すまで、居れると思う」
「お嬢?お嬢ってなぁに?恋人?恋人なの?」
「違う。お嬢は……お嬢」
「ちぃがお世話んなってるお嬢さんだと」
「へぇ。じゃあ、お手紙書かないとねぇ。帰るとき、持ってってね」
「ん。わかった」

御笠に無理矢理引き離されたまま、タマに笑いかける三毛にタマも笑い返し、御笠は少し拗ねたような表情で三毛を掴んでいた。

「あと、ね」
「ん?なぁに?」
「今日、母の日、だから」
「え?なに?僕、お母さんなの?」
「そりゃ、みぃちゃん、猫だし」
「やー!みかちゃん、下ネター!」
「やーん!みぃちゃん、興奮しすぎー」
「はいはい」

けたけたと笑う大人二人にちょっと笑ったタマは、持っていた包をそっと開いた。

「んっと、三毛。あと、ついでに御笠も」
「はい」
「俺はついでかいな」

正座したタマに三毛も正座をし、御笠も笑いながら居住まいを正した。

「えーっと、僕を、うんでくれて、ありがとうございます。三毛、これは、僕と御笠で選んだ母の日のプレゼントです。これからは、できたら、ちょくちょく帰って来れたらなーとか、思います」
「きゃー!みかちゃん、これすごーい!三毛猫の置物ー!可愛いー!!」
「やっぱ、みぃちゃん、そういうの好きやんね」
「うん。好きー!ちぃちゃん、みかちゃん、ありがとー!ママ、幸せー!」
「ん。よかった」
「俺も幸せよ」

ぎゅうぎゅうと興奮して抱きついてくる三毛の背中をぽすぽすと御笠は撫で、タマは少し照れたように笑い、ぎゅっと抱きついた。

「そんじゃ、ちぃ、父の日は帰ってくるん?」
「ううん。どうして帰ってこなきゃいけないの?」
「えっ」
「ちぃちゃん、三毛、父の日、三人でいたいなー?」
「じゃあ、帰ってくるよ」

「……さよか」




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