部誌4 | ナノ


母の日



ことり、と筆を置く音が耳に入る。顔を上げると娘が満足げに微笑んでしげしげと紙を見つめていた。

「書けたのか?」
「うん」

尋ねると娘は自慢げな顔を浮かべながら今し方書き終えた文を折り始める。丁寧に二つに折ると少し前に描いた絵も同じように折っていく。

「一体どんなことを書いたのだ?」
「ひみつ」
「……なぜだ」
「だってかあさまのてがみだもの」

とうさまにみせちゃだめなの、と自分から隠すように懐に入れる。もう秘密にしてしまう年頃になったのかという感慨深さと自分をのけ者にされてしまったような寂しい気持ちで心中複雑だった。
でも顔に出さないのは父親の矜持である。自分もまた先ほど書き終えた文を持って席から立ち上がった。

「それでは行こう」
「うん」

娘に手を差し出すと頷いて握ってきた。温かい体温が掌を通して伝わってくる。自分よりもずっと小さい手を握り返すとそのまま二人で部屋を出た。
向かった先は後宮の中庭であった。遠い昔に敬愛する兄と遊んでいた庭園、いまは娘と共に過ごすことが多い。

「ここでまっていなさい」
「いや、わたしもてつだう」
「しかし」
「てつだうの!」

いやいやと首を振って手を離そうとしない。強情なところは妻にそっくりだ。一向に離れない娘に早々に諦めて肩を落とす。

「では小枝を集めるのを手伝ってほしい」
「うん」

そう指示をすると嬉しそうに目を輝かせてぱたぱたと慌ただしく小枝を集めだした。そんなお転婆な姿がまだ若かりし頃の妻にそっくりだった。胸の奥がちくりと痛む。未だ慣れぬ痛みに眉を顰めながらも、娘についていくように小枝を拾い始める。
それから二人で十分な量の小枝を纏め終え、娘に一歩後ろに下がってもらってから家臣に用意してもらった火種を声だの中に投げ入れた。
最初は小さな小さな灯火だったのが、やがて枝から枝へと移っていき、すぐに火柱を作る。ゆらゆら揺らめく火をじっと見つめたまま後ろにいる娘に声をかける。

「文と絵を」
「これ」

いつのまにか自分の隣に立っていた娘がとっくに文と絵を用意して自分の手に乗せる。それらを受け取ってから自身の懐から書いた文を取り出す。その三枚を纏めるとそのまま火の中へと放り投げた。文と絵は一瞬のうちに火が移っていき、瞬く間に灰に変わってしまう。娘も自分も一瞬も見逃さずに見つめた。

「あ」

すると、突然娘が何かを思い出したかのように声を上げる。

「どうしたのだ」
「なまえ、かきわすれちゃった」

せっかくがんばってかいたのに、と悔しげに唇を噛みしめる。いまにも泣きそうな娘に慌てて手を伸ばして抱き上げた。

「大丈夫だ、きっと秀麗ならわかってくれる」
「ほんとう?」
「ああ、そなたの母なのだから間違うなどあるはずない」

たぶん、と最後についたのは口にはしなかった。しかし、きっぱりと断言した父に安堵したのか娘は唇を綻ばせる。笑顔になった娘にほっと胸をなで下ろした。
紙が燃えたことで煙が風に煽られながら空へと昇っていく。その様子を二人で眺めながら、ふと娘がぽつりとこぼした。

「とうさまにね、おしえてあげる」
「なにを?」
「かあさまへのおてがみでかいたこと」
「……いいのか?」
「うん、セイランたちにはひみつよ」
「わかった」

しーっと人差し指を唇に押し付ける。それに習って自分も同じように秘密を約束した。そして、娘は耳元に顔を寄せると囁き声で教えてくれる。

「あのね―――」








はいけい かあさまへ

おげんきですか? わたしはげんきです。
はじめてのおてがみなのでとってもきんちょうしてます。
おじいさまからおしえてもらってたくさんじがかけるようになりました。
きょうはえだけじゃなくておてがみもかくことにします。

きょうはははのひだとセイランがおしえてくれました。
でもわたしにはかあさまがいないからできないとおもいました。
そしたらセイランが『ははのひはおかあさんにありがとうをいうひ』だとおしえてくれました。
だけどかあさまはおそらのむこうにいるからいえないのでわたしだけいえないのがさびしくなりました。
そんなときにとうさまが『いえないならてがみをかいたらいい』といってくれました。とうさまがいつもしてるみたいにわたしもてがみをかけばかあさまのところにとどくって。とうさまはこのくにのおうさまだからとってもあたまがいいです。

だからきょうはかあさまにいっぱいおれいをいおうとおもいます。

たみのことをいっぱいかんがえてくれてありがとう。
おんなのこもかんりになれるようにしてくれてありがとう。
とうさまとであってくれてありがとう。

かあさまはわたしをうんでくれてありがとう。

かおもこえもぜんぜんおぼえてないけど
かあさまはわたしのじまんのかあさまです。







「秀麗ー秀麗やー……お、なんじゃこんなところにいたのか。まったく、母がこんなに呼んでおるとうのに無視とは関心せんのう」
「……」
「秀麗? どうしたのじゃ」
「……あの子からね、手紙をもらったの」
「ほほう、我が孫も字を書けるぐらいになったのか! して、なんと書いてあったのか妾にも教えてたもれ」
「……母様」
「ん?」
「私を、産んでくれてありがとう」
「……ふふっ、ほんにそなたたちはかわゆいのう」




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