部誌4 | ナノ


母の日



軍の仕事を終え、帰路につく。
まだまだ若造の自分、軍の仕事も山ほどある。
けれど明日は久しぶりに休みが取れた。
いつもなら軍の宿舎に戻るのだけれど、久しぶりに実家に戻る事に決めた。
しばらく前に父が亡くなり、今実家には母と彼女の愛猫が暮らしている。
だいぶん前にわかっていた事で、覚悟もしていた事ではあった。
けれど、やはり母は落ち込んでいるようだった。
何か母の好きな物でも買って帰ろう。
そして母に感謝の気持ちを述べよう。
自宅への道中、まだいくつかの店が開いていた。
そのうちのひとつ、可愛らしい商品が並ぶ雑貨屋に入る。
軍服を着ているせいか、こんな若造にすら店員が一礼してくる。
しばらく店内を眺めた後、ひとつの商品を手に取る。

「母への贈り物に、包んでいただけますか」

可愛らしい包みを手に持ち、再び帰路につく。
明日は母と一緒に食事にでも出ようか。
馴染みの店で、ゆっくり昔話でもしよう。
楽しかったこと、悲しかったこと、知っていること、知らないこと。
たくさんたくさん話をしよう、たくさんたくさんありがとうを言おう。
そんな事を思いながら歩いていると、実家にたどり着いた。
からりと玄関の戸を開く。
見慣れた家の中は静まりかえっていた。
父がいた頃はいつもにぎやかだった。
楽しそうな笑い声が家の中を包んでいた。
今はいつも、こんな風に静かだ。

「ただいま」
(おかえり)

声が、聞こえた気がした。

「母さん」

もう一度、奥に向かって声をあげる。
今度は何も、聞こえなかった。
気付いた時には土足のまま、母の部屋へと駆け込んでいた。


軍の仕事を終え、帰路につく。
気付けば軍の中で最年長になっていた。
相変わらず、仕事は山ほどある。
明日は休日、毎年必ず同じ日に休みを取る。
実家への帰路の途中、馴染みの花屋へ。
馴染みすぎたせいか、軍服で居ようが花屋の女主人は一礼なんてしやしない。

「いつもの花を」

そう一言言えば、両親の好きだった花が美しく飾られて渡される。
女主人に料金を支払い、また帰路へと戻る。
いつ通っても蘇る、たくさんの思い出。
楽しかったこと、苦しかったこと、知っていること、知らないこと。
母の、最期のこと。

「母さん、ただいま」

今はもう誰も住んでいない実家。
たまに掃除には来るけれど、無人の家は朽ちるのが速い。
あの時と同じ土足で、あの時と違いゆっくりと部屋の奥に歩を進める。
家の中で一番奥にある母の部屋。

「いつもの花を持ってきたよ」

部屋の真ん中に花を置く。
数十年前の今日、赤に染まったこの部屋。
しばらくは、いろんな思いが溢れて使い物にならなかった自分。
いつからか、毎年この日に花を届けることにした。
そしてその日は母と思い出話をする事に決めた。
守ってあげられなかった自分の戒めに。
くだらない自慰行為だとわかっているけれど。

今日は母さんに、ありがとうとごめんなさいを伝える日。




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