部誌4 | ナノ


ルミネセンスの瞳



まるで宇宙だ。
一番はじめにクザンはそう感じた。
黒瑪瑙のようなまあるい真っ黒な瞳の中で、エレクトリックグリーンが帚星を描くように光り、弾ける。小さな宇宙がそこにはあった。

小宇宙は2つ。精気のない双眸を彩る。
それは、瞳だった。宇宙のような黒瞳だった。



海軍本部の雰囲気が違うように感じたのは、久々のことだった。
七武海の召集もなく、普段通りのマリンフォードのはずだ。にもかかわらず、どこか緊張した空気が本部を満たしていた。ぶらり旅から久々に帰還したクザンは、首を傾げながらセンゴクの元に顔を出すために足を動かした。
海兵からの敬礼や挨拶を適度に返しながら足を進める。遠いんだよなぁ、なんだってあんなとこに、なんて内心けなしながら、奥の方に位置する元帥の執務室を目指す。

ようやく部屋にたどり着き、ノックを三度。中からの返事はなかった。

「あれェ……?」

昼をとうに過ぎたこと時間に、真面目なセンゴクが在室していないのは珍しい。何かトラブルでもあったのかもしれない。めんどくさいことにならなきゃいいけど。はあ、吐き出した息はうんざりしていて、我ながらやる気がないとクザンは思った。

ただでさえ遠征をサボり故に延長させたのだ。挨拶をしなければ更に怒られるに違いない。だからと言って奥まったこの部屋に再度来る気にはなれない。中で待たせて貰おうとドアノブを握る。その瞬間、ぶわりと何かが全身を通り抜けた。

「――――っ……?」

それは一瞬の出来事だった。過ぎ去れば何があったのか分からず、勘違いのようなものだったのかと思ってしまうような。
違和感を抱えたままドアノブを回す。カーテンが引かれた薄暗い部屋はセンゴクらしくなく、クザンの胸はざわついた。

この、空気はなんだ。
息の詰まりそうな錯覚。妙な圧力を感じながら、元帥の執務室へ足を踏み込む。また何かが全身を通り抜ける。今度は背筋がゾッとするようなものだ。体が勝手に緊張状態に入り、いつ攻撃されても反応できるように感覚が研ぎ澄まされた。

視線を巡らすと、センゴクの執務机に向かい合うように椅子が置かれていた。贅を凝らした悪趣味な椅子だ。金に塗られた木製の椅子。尻の部分と背中の部分には複雑な刺繍の凝らされた布張りがされている。

その趣味の悪い椅子に、人形が座っていた。
濃紺の髪は短く切りそろえられ、フリルのついた白いシャツと、首もとには赤い蝶ネクタイ、膝のでる丈の紺のズボン。足元は白い靴下に茶色のローファー。一昔前前に流行った人形のようなスタイルだ。
人形の顔は精巧だった。美しい、という言葉を表現したような、技巧の粋を凝縮されたようなそれ。瞬きをすれば擦れる音がしそうな印象を抱かせるほど睫毛は長く、紅を塗ったようでもないのに、唇は赤く色づいていた。

何よりも、その瞳。
クザンの視線を捕らえて離さない黒瑪瑙の瞳の中には小さな宇宙があった。
宇宙の中でエレクトリックグリーンの光が流れて、弾ける。繰り返されるそれに、クザンは魅入ることしかできなかった。

どれくらいの時間、その人形に、その瞳に魅入っていただろう。時間は何秒もなかったかもしれない。それでもクザンにとってその数秒は、永遠にも思えた。

ぱちり。

そんな幻聴を聞いたのは、人形が瞬きをしたからだ。まぶたがゆっくりと下ろされ、また上がる。そうしてクザンを視界に収め、無表情そのままに小さく首を傾げた。

 ―――――生きている。

クザンはそこでようやく、人形だと思っていたそれが、生きた人間であることに気づいた。

「……お嬢ちゃん、いやボウズ?ここで、何してる?」

声が掠れていた。喉の奥がどこか粘っこい。必死で紡ぎ出された声は聞き取りづらいものだったろう。

「……?」

それでも、人形のように思えたそれは、クザンの声を聞き取り、首を更に傾げることで答えた。

これは、なんだ。

ざわりざわりと肌が粟立つ。異常を感じ取りながら、クザンは目の前のそれから目を離せないでいた。
センゴクのものではないのだろう。こんなものをセンゴクが好むとは思えないし、人情家の彼がこんな状態で放置することもないはずだった。
ならば、これは。

クザンが思考に沈む間も、エレクトリックグリーンの光は黒瑪瑙の中で生まれ、流れ、弾けて消えた。その様は魅入ってしまうほど美しい。

「クザン、ようやく帰還したか」

後ろから掛けられた声にびくりと体が震えた。固まっていたらしい体を振り向かせれば、この部屋の持ち主が戻っていた。
いつの間に。
隠しもしていない気配に気づかぬほどに、魅入っていたというのか。

クザンの様子に気づく様子もなく、センゴクは自らの執務椅子に腰を下ろした。固い表情のクザンを見やり、人形のような彼を眺めたのち、フン、と鼻を鳴らす。

「シャボンティのヒューマンショップに行くから預かって欲しいと仰られてな」

その口振りと内容で、クザンは彼が天竜人の所有物であることに気づいた。首輪がないのは、彼が「人形」だからなのだろう。動かない「人形」に枷は必要ない。

「哀れなものだ。だがわたしにはどうすることもできん」

センゴクの呟きは何故か重くクザンにのしかかった。

天竜人の所有物であるだけに、彼は美しい。容姿も、瞳も、何もかもが。それは人形のもつ無機質な美しさだ。
彼が人間らしく感情を表情に乗せた時、どれほどの魅力を持つのか、クザンには想像もつかない。
けれど。

(勿体ないんじゃないの、それは)

クザンは生あるものの美しさを知っている。無機質な美しさも素晴らしいが、微笑む彼は、きっと何よりも誰よりも美しく魅力的だろうに。

センゴクの言葉に反応もなく、虚空を見つめる彼の姿に悲しみを覚えた。けれどやはり、センゴクの言う通り、何もできないのだ。世界政府の一部である海軍に所属する身の上では。


帰還を述べると叱責の言葉とともに部屋を追い出された。あらら、なんて言葉を吐き出してクザンは頭を掻いた。

鮮烈に染みついた、黒瑪瑙の宇宙。
1時間にも満たない邂逅は、どうしようもなく、クザンの胸に刻み込まれた。






海軍の退役を決めた、その時。
マリージョアの方向を見つめたクザンが何を思い、どう行動を決めるのか。
その胸のうちは、誰も知らない。




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