部誌2 | ナノ


手紙



父は決まった時間になると、たき火をしていた。
後宮の庭園の片隅で小枝を集めて火をつける。そうして火が枝から枝へ移っていき、瞬く間に炎へと変わっていく。
父は袖から紙を取り出すと、そのまま炎へと投げ入れた。紙は一瞬で灰になり、煙と共に昊へと上っていく。父はその煙をじっと見つめていた。背を向けているせいで顔は見えない。けれど、その背中はどこか寂しげ、誰もそこに立ち入ってはいけないのだと子供心に分かった。父はそれからなにをするかというと、なにもせず昊を見つめるだけ。時間が過ぎればいそいそと片づけを始めて何事もなかったかのように庭園を後にする。
晴れの日も、風の日も、雪の日も父は毎日紙を燃やした。雨のときはできないので次の日晴れたときに溜めた分を一緒に燃やす。
それが、半刻にも満たない父の日課であった。


「とうさま」

その背中に呼びかけると父は一瞬体を震わせ、ゆっくりと振り返った。自分を視界に捉えると、変わらない表情が僅かに強ばったのが分かった。

「……そなたか」
「なにしているの」

父に近づいて隣に立つと紙が焼ける臭いとほのかに父が身につける香の匂いが鼻腔をくすぐった。
尋ねてみるも、父は答えようとしない。どう答えようか考えているのか、口を閉ざしたまま視線を泳がせる。答えるのをためらう父に、耐えきれず先に答えた。

「かあさまへのおてがみ?」
「……知っていたのか?」

自身の口からでた言葉に父は逸らしていた目をこちらに向ける。素直に首を縦に振ると父はまたたき火へと視線を戻した。

「誰から聞いたのだ」
「ええとコウユウとシュウエイとセーランと、あとは」
「うぐっ、そんなに聞いたのか?」
「ううん、ちょうどみんながいたからそのときにきいてみたの」

最初は自分が質問すると全員父と同じように話すのを躊躇っていたが、自身が頼むと渋々話してくれた。そのことを伝えたら、父はそうかと短い返事をして会話はそこで終わってしまう。
庭園には父と自身以外人がいない。本来なら護衛をつけるべき地位にいるのに、父はあまり人をつけることを好まない人であった。
お互いなにも話さず、ただじっとたき火を見つめる。もう紙は燃やし尽くされていた。

「とうさまは」
「うむ」
「どうしていつもおてがみをもやすの?」

自身の知っている手紙というのは、誰かに読んでもらうためのものだ。しかし、もし父が書いた手紙が母に宛てたものであるならば、もういない相手に送るのは変な話だ。
純粋な疑問を持って問いかけると、父は一瞬目を丸めるもすぐに目を伏せた。

「それは、昊の上にいるそなたの母に送っているからだ」
「かあさまに?」
「ああ、こうやって燃やしていけば」

言葉を一端切ってから父は上を見上げた。同じように見上げると先程父が燃やした手紙が灰となって昊へと舞い上がる瞬間だった。

「昊の上にいる、そなたの母―――秀麗の元へ、運ばれていると余は信じている」

父は昊を見つめたまま目を細めた。口元には微かに笑みを浮かべていた。瞳はここではない、きっと母がいる場所を映しているのだとすぐにわかった。
私は母の顔を知らない。私が生まれたときに、テンゴクという場所へ旅立ってしまった父と父の臣下たちが話してくれた。
誰もが母がどれほどすばらしい人物だったか教えてくれたけれど、会ったこともない母をどこか物語の英雄的な存在でしかなかった。
けれど、毎日かかさず手紙を書き、燃やして昊の上にいる母に送り続ける父の姿を見たら、母が父にとってどれだけ大事な存在だったか、子供ながらにして理解できる。
父のその姿こそが、私に母という物を教えてくれた。そうして、気づけば父に手を伸ばした。

「とうさま」

父の袖をぎゅっと握りしめた。父の目が昊から自分へと移る。どうした、と微笑みを浮かべる父にずっと掴んでいたものを突きだした。

「わたしもかあさまにこれおくりたい」

出したのは以前祖父がいる府庫で描いていた絵であった。そこには父と肖像画でしか知らない母、その間にいる自分が描かれている。それを見せると父は驚きで目をいっぱいに見開き、まじまじとその絵を凝視する。

「……よいのか?せっかく上手に描けたと自慢していたのに」
「いいのです、とうさまだけじゃなくてかあさまにもみてほしいのです」

本当は自分の手元に残しておきたかった。しかし、まだ文字を練習している自分にとって母に伝えられるのはこの絵しかなかったのだ。
だから、とぐいっと父に向けて絵を差し出す。自分の決意が伝わったのか父は一度その絵を眺めたあと、わかったと絵を受け取る。

「本当によいのだな?」
「うん、かいたらまたかあさまにおくるもの」
「……そのまえに先に余に見せるの約束だぞ?」
「はーい」

頷くとそれを合図にして父は絵をたき火の中に放り込んだ。
絵は火に当たるとすぐに燃え広がり、一瞬のうちに燃えカスへと変貌する。さっきまで描かれていた三人の絵はあっという間に消えてしまったのに少し悲しくなった。燃えた絵は風によって高く高く舞い上がっていく。父と一緒に絵の行方を見守ったが、すぐに煙と共に空のかなたへと消えていってしまった。

「とうさま」
「うむ」
「わたしがかいたえ、ちゃんとかあさまのところへいったかしら」
「いったさ、きっと今頃そなたの絵を見て誉めちぎってるに違いない」

父は袖を握っていた自分の手を優しく外すと脇に手を差し込んで自分を軽々と抱き上げた。抱きしめる父の体温の心地よさに胸に顔を埋める。そうして、セイランが父を呼びにくるまで、二人でずっと昊を眺め続けた。




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