部誌2 | ナノ


手紙



秋も深まり、吹く風に肌寒さを覚えるようになった十月下旬。自称特別捜査隊のリーダーのもとに一通の不審な手紙が届いた。
曰く「コレイジョウ タスケルナ」。
八十稲羽連続殺人、及び連続誘拐事件一連の犯人からの警告と考えたメンバー達は、昼休みを利用した屋上で緊急会議を開きそれぞれの思いを口々に語る。
そんな中、ただ一人最上級生であるなまえだけが口をつぐみ、手紙の筆跡を指先で辿っていた。思案するように、何か言い出せない秘密を吐露すべきか迷うように。

「なまえ先輩?」
「っ、ごめん。聴いてなかった。何?」

手紙から顔を上げたなまえはいつもの彼女と変わらない様子だ。
鳴上は見間違いだったろうかと内心首を傾げ、だが単に呼んだだけとも言えず気になったことを口にする。

「いえ、その手紙に何か見覚えがあるのかなと思って」
「まさか。 あぁ、昔見たドラマにこんな感じの脅迫状があったなって……ちょっと思い出してただけ」

確かなことでも、手助けになるようなことでもないよ。
そう言い切られてしまってはこれ以上の追求は出来そうになく、鳴上はなまえの様子を心に留めながらも手紙を受け取り、いつしか級友たちの輪に戻って行った。


* * *


その手紙に見覚えがあるのか。後輩の問い掛けはなまえの胸にサクリと刺さったままだった。
放課後の薄暗い帰路を歩みながら、なまえは昼間に見せられた手紙と、自身がこれまで受け取ってきた代物を頭の中で交互に反芻する。
今年の春先に起こった事件と平行してポストに投函されるようになった差出人不明の手紙。

「イツモ ミテルヨ」「オカエリ ゴクロウサマ」「ソバニ イルカラ」

心ない人のイタズラかもしれないし、所謂ストーカーなのかもしれなかったが、断定は出来ないと両親や級友にも告げずにいた現象。
いずれ何かの証拠として役立つかもしれないと、些かの気味の悪さを感じながらも手元にスクラップしているそれらが、今日後輩のもとに送られたという手紙の筆跡と酷似していたのだ。
差出人は同じ人物なのだろうか。それとも偶然なのか。もしも同一人物であるのなら……なまえは、自身に送られた手紙に関してならば思い当たる節が大いにあった。

「なまえちゃん」

背後から唐突にかけられる声。考えに没頭していた所為で気配に気付けず、飛び上がるほどに驚くなまえを見てケラケラと笑うくたびれたスーツの男。

「足立さん。もう、驚かさないで下さい。 あ、今日は早いんですね」
「ははっ、ごめんごめん。 うん、定時万歳ってね。例の事件も収集つきそうだし、暫くお役御免ってやつかな」
「犯人、捕まっちゃいましたもんね」
「そうそ。これでもう安心!てね。 ……でもさ、なまえちゃんの方はそうもいかない、か」

意味深な雰囲気を言葉に込めて、案じるような眼差しでありながら足立のなまえを見る目はどこか面白そうに感じている節もあった。
アパートのポストに投函され続けているなまえ宛の奇妙な手紙。この存在を、なまえは足立にのみ告白していた。

「最近は音沙汰ないですし、送ってきてた人も、もう飽きちゃったのかも」
「ダメダメ!そういう気を許しかけた時が怖いんだから! 特にこれからどんどん日の入りは早くなるし、夜道には充分気をつけること。夜遊びなんて論題だし、勿論、戸締まりはしっかりね」
「はぁい。 ふふ、足立さん、何だかお母さんみたい」
「ぇ、そこでお母さんを出しますか。ここは彼氏ポジションでしょう」
「足立さんが彼氏だったら、心配です」
「君、結構ヒドいね……」
「え?違いますよ! だって、いつ事件に巻き込まれて怪我しちゃうかもしれなくて」
「あぁ……まぁね。でもそういう職場だから、そういうことも多少は覚悟してるよ」
「でも、怪我はしない方がいいです。でないと彼女はずっと心配しちゃうことになりますよ」
「いいね〜、そういう子がいてくれるっていうのはさぁ」
「笑い事じゃないですって」

足立は飄々とした態度を崩さず、なまえはそんな彼を軽くなじりながら、それでいて笑いながら隣り合って夕暮れの中を進み――、一戸のアパートの前で、揃ってぴたりと足を止めた。

「それじゃあね。何かあったら呼んでよ」
「変な虫が出たら、処分お願いしてもいいですか?」
「えー。そういうのは自分で対処してほしいなぁ」
「冗談です。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみー」

後ろ手に手を振って階段を上がって行く足立を見送り、なまえは郵便受けのダイヤルを回して自室宛ての郵送物を確認する。
進学に関する八十神高校からの通知と、宅配ピザのチラシ。加えてそこはかとなくイヤらしい気配の広告物に混じって、見慣れた白い封筒はあった。
宛名はなまえに。消印はなく、封すらされていない。封筒の裏には今日の日付が歪な書体で書き記されていた。
ドクンと鼓動が強まるのを感じ、なまえは拳を握りしめる。階段に視線を向けたが、当然ながら足立の姿は見えない。

訳あって現在一人暮らしの身であるなまえにとって、この春から上の階、それも真上の部屋に刑事が越してきたことは僥倖だった。
しかも様々な縁が重なり顔見知りとなり、なまえが思う限り友好な関係を築けたことも、彼女の精神面における大きな支えになった。
それが今、揺らごうとしている。否、根本から折れてしまうかもしれない。なまえは唇を結び、先程までの笑顔とは裏腹、浮かない顔で自宅の鍵を開けた。
秋口とはいえ空気の籠る室内は蒸し暑い。換気扇を回し室内着に着替え、漸く落ち着いたところで封筒に手を伸ばしたなまえは、手紙の一文を理解して嗚呼と声をもらした。
自然と視線は上へ、天井へ、その先に住まう人を思い、見つめるように向けられる。

――ナニカ アッタノ?

手紙にはたった一言、やはり昼間に見たものとよく似た筆跡で、なまえを案じる言葉が綴られていた。
これが今日送られなければ良かったのに。今日送られなければ、まだ風変わりなごっこ遊びを続けられたのに。
なまえはボールペンを手に、手元のメモ用紙へつらつらと思いを連ねた。出されることはないだろう返事を、まなじりに涙を溜めながら。

半年程前、不可思議な手紙を数度受け取っていたある日。なまえは偶然にも、足立が白い封筒を自身の郵便受けへ投函する姿を見てしまった。
勤務時間中の彼は、けれどほどよく不真面目なフットワークを生かしてアパートに立ち寄ったのだろう。なまえは体調を崩した為、大事をとって早退した帰りだった。
手紙の内容は、なまえがいつも通り夕方に帰宅するであろうという予測から書かれた言葉。
後日、この日のことを手紙の話を伏せて足立に世間話として伝えたところ、次に送られた簡素な便箋には体調をおもんばかる様子が書かれていて。

――君、一人暮らしなの? え?でも刑事が引っ越して来たから今は安心してる?……って、同じアパート!?
この会話の後から手紙が送られるようになった。
――平和そうなところだと思ってたけどさ、ここも意外と物騒だよね……。最近変わったことはない? 不審者を見たー、とかさ。
あまりに何かないかと問うものだから、例の白い封筒について話した。
――他の人にはバラしてない? それまたどうして。怖くないの?
まだそうと決まった訳ではないこと。不安はあるが、足立にこうして話すことで気が楽になること。
――へぇ、頼りにしてくれてるんだ。いやいやいや、勿論頼ってくれていいよ!市民の生活を守ることが僕らの仕事である訳だし!
だから、気兼ねなく。顔をあわせる度、二人だけになった時。必ず手紙の話題を出すようになっていった。

自作自演の狂言……女子高生をからかって遊んでいるのか、まさかとは思うが気を惹かせたくてのことなのか。
もしも後者ならその必要はないのにと、なまえはそんな想いもメモに走らせた。
何かに残さなければ、いつかこの口をついて吐き出してしまいそうだった。なのに。

「今日何かあったかって? あったに、決まってるじゃないですか……」

ペンは自然と速度を落とし、止まり、次いで小さな部屋に嗚咽が響く。
どうして自分と犯人を結びつけるような真似をするのか。たった一通、この手紙さえなければ疑心など抱かずにすんだものを。
八十稲羽市連続殺人事件、第二の被害者となった少女はなまえの親友であり、彼女が不審死を遂げた際、警察署で聴取を受けた時に親身に慰めてくれたのが足立だった。
もし手紙の投函が遊びであったり、歪曲した好意であったならまだいい。友人の死を嘆く少女の気を紛らわせようと、あえて道化を買って出たのかもしれない。
真意は問い質さなければ明らかにならないし、問い質したところで素直に認めてくれるかは怪しい。
が、なまえにだけ送られていたなら、当の本人にとっては浮き彫りになるまでの害意は感じられなかったのだ。
そこに、今日新たに投函された二通の手紙。一通は諸々の事件を追っている学生グループのリーダーへ。
もう一通は、同じグループに属するなまえが、一通目を見て「気付くだろう」と想定され送られた……そうとしか思えない物。

「足立さん……」

どうして。
なまえがひょんなことから後輩たちと行動を共にし、真実を追うと決めたのは友の死があったからだ。
彼女の最期を、決して霧の向こう側に置き去りにしないと己に誓ったからだ。
ならば、どう足掻こうと、嘆こうと。この場で止まるという選択肢は最初から存在しない。それに思い違いかもしれない。昔から何かと勘違いが多かった性分だ、全くの見当違いということも有り得るではないか。
空元気は空回り、自身の中で確定しつつある思いに潰されないよううそぶいて、なまえは再度彼の人の名を口にする。
胸には淡々とした文字で記された、差出人不明の手紙が抱かれていた。




prev / next

[ back to top ]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -