部誌2 | ナノ


手紙



君に言えないことがある。だからこうして僕はひたすら日やけた紙に向かって、安いインクをつけたペンでこっそりと一晩したためるわけだが、途中途中、いっそバラしてしまおうかと思うわけだ。紙を破いて捨て去るか、もしくは、君の前で大げさに披露してしまうか。書いているといくつも妄想がうまれる。僕はしがない文章書きだから、必要のないところでいちいち立ち止まって、それから一歩進んで二歩下がるといったようなことをして、また進む。
僕は中途半端な男だった。君の前でいくら恰好をつけたって、つけたいと思ったって、君の鋭い目はなんでも見破ってしまうし、そもそも僕が恰好をつけたいと思う時にかぎって僕はポカをする。その度に「あなたっていつも決まらないのね」から始まって「いつも決まらないことぐらい分かっているんだから、そうしなくてもいいのに」に続き、「見栄を張らない!」で締めくくられる。僕は男なんだ、見栄を張りたいトシゴロなんだよ、といくら訴えても笑止。君は凄腕のスナイパーだと、何度も再認識させられた。
君に言えないことがあった。僕は嘘を吐くのが嫌いなので、君に言わせてみせれば、嘘を吐くのがヘタクソなので、言えない自分を妄想して、想像して、役者顔負けの台詞と決め顔で取り繕ったことがあった。それを繰り返していると、まるで役者が本当の僕で、いつもの僕が登場人物に取って変わられたような気分を味わったものだったが、そんな安っぽい劇中の狂気はあっという間に終わった。君がいないからだ。
僕は文章を書く端っこのところにいるから、分厚い紙の辞書を手垢で汚れるぐらいまで何度もめくって、言葉をその場限りで出すことに一生懸命になっていた。いつまでたっても僕は覚えられなかった。それでも文章を書くことや言葉を使うことは好きだったから、飽きもせず辞書を見て、どんな言葉ならうまく伝わるだろう、どんな言葉なら喜んでくれるだろうと考えていた。そうするのが好きだ。何せ、僕の言葉は大抵君のために送られるもので、そのほかは一般大衆の目にやられるものだ。一般大衆の目は都会の汚れた空気に侵されて真実を掴もうとする奴なんかそうそう居やしない。そういう奴に限って都会から離れているか、たとえ都会のど真ん中にいたとしても、そいつらをあざ笑うように高層ビルの最上階にいるような奴に違いない。あの淀み切った空気の中に居続けることは、僕には無理だった。
どんな言葉だったら、僕の気持ちがちゃんと伝わるのだろう。いくら言葉を増やしたってただ冗長なだけで、君の耳にはうんざりするぐらいだっただろう。
僕は特段口下手だった。だからこうしてつけペンを走らせているわけだ。口がうまかったら君のことをずいぶんと早く口説いているに決まっている。僕らの出会いは手紙だった。顔の見えない、素性の知らない、ただ書き文字だけが教えてくれるのを手掛かりに始まった。「そんな言葉を使わなくても、もっと簡単にできるじゃない」と君は僕によく言ったものだった。それまで広辞苑ばかりをめくっていた生活を、類語辞典に置き換えるものに変えたのは君の手紙にあった言葉だった。
僕の口は僕の手だ。言葉だ。文章だ。ずっとそう思い込んでいた。そうでないと、僕はまるで話す価値のない人間だと自分を卑下していただろう。実際には思い込まなくても、文章がうまいとはやされるだけで、話す価値はないと自分を評価していた。僕には手があるのだ。文字を選ぶ頭がある。君の名前だって綺麗にとはいえないが、丁寧には書けるぐらいには練習した。口で言わなくても、どうにだってできると思っていた。
君に言いたいことがあった。手じゃない。手だけじゃない。口でも、顔でも、身振り手振りで、全身で伝えたいことがあった。間抜けな姿だろうけれど、一つだけじゃ足りないことぐらい分かっていた。君の目はすでに閉ざされて、暗い闇の中にある。僕の文字を見やしない。君の耳は何を聴いているだろうか。僕の声は届かない。初めて出会って、君の肌の暖かさも、君のうるわしい声も、怒る声も、君の文字の涼やかさも、何もかも新鮮だった。僕は、伝えているつもりで伝えてはいなかった。遠まわりな言葉ばかり選んでいた。それこそ真っ黒になった内側の腹を持つ類語辞典に書いてある言葉を。意味を分かりもせず、これがいいんじゃないかってカッコよさだけで選んでいた。君は気障っぽいと僕をからかっていたけれど。
君に言いたいことがある。僕はもうすぐ君の岸にたどり着く。この世とはもうおさらばだ。しわで弛んだ体で白い海を泳いでいこう。たとえ君の隣に誰かがいようとも、情けない口で、きっと情けなくて泣いてしまうんだろうけれど、叫ぶ。君に伝えよう。カンニングペーパーぐらいは持って行ったっていいだろう。それがこの手紙だ。僕の手は僕の口だ。君がいない間、胸にたまったものを吐き出した、僕の手紙だ。




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