部誌2 | ナノ


手紙



某月某日、地方裁判所第三法廷。裁判長の木槌が15分間の小休憩を報せる。御剣は次の証人を迎えに行こうと廊下を歩いていたところで成歩堂に呼び止められた。

「御剣」
「何か用か?証人について教える気はないぞ」
「違うよ。みょうじの見送りどうするのか聞いておこうと思ってさ」
「見送り?なぜ見送る必要があるんだ」
「――御剣、お前聞いていないのか?アイツさ――」

黙って成歩堂の話を聞く御剣の顔がみるみる険しくなっていく。ちらりと腕時計に目をやれば、あと数分で休憩が終わってしまう。御剣は小さく舌打ちをして、早口で捲し立てる。

「次の証人でこの裁判を終わらせる。反論の余地がないほどに完璧な立証をご覧にいれよう」
「え?ちょっと、御剣!」

成歩堂は靴音を響かせながら立ち去る御剣をただただ眺めることしかできなかった。



* * *



今、御剣は裁判所を飛び出し車を走らせている。高速道路は渋滞もなくスムーズだ。これなら間に合うかもしれない、そう思いながら御剣は先程の裁判を思い出していた。休憩後の彼の立証は、それは鮮やかだった。あらゆる可能性を潰し弁護の隙を与えないそれに、流石の成歩堂も異議ありの「い」の字すら発言できなかった。初めからそうしていればあっという間に裁判が終わっていたのではないかという疑問が浮かぶかもしれないが、実をいうと、最後の証拠品の鑑定が終わったのがあの休憩中のことだったのだ。つまり、これが最短で裁判を終わらせた結果だとお分かりいただけると思う。流していたカーラジオから時報が聞こえ、自然とアクセルを踏む足に力がこもる。こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎているのだ。目的地が近づくにつれ、焦りも大きくなる。

「――なぜだ、みょうじ」

思わずこぼれた呟きは、ラジオのノイズにかき消された。
駐車場に車を止める。腕時計はタイムリミット10分前を示していた。御剣は走る。全力疾走なんて高校の体育祭以来じゃないだろうか。数秒で息が切れる。日頃の運動不足を呪っても遅い。それでも懸命に一歩を踏み出す。呼吸が苦しい。首もとのシャボタイを緩めた。ふと、見ていて暑苦しいから外せとみょうじに言われたことを思い出した御剣は緩めたそれを無造作に外し、ポケットに突っ込んだ。汗ばんだ首に風が吹き付ける。ゴールまであと少し。



* * *



「みょうじ!」

搭乗口に向かうゲートの前にみょうじはいた。御剣が叫ぶと彼は目を見開き、そしてくしゃりと顔を歪めた。目の前に向き合った二人の間に暫し沈黙が走る。初めに言葉を発したのはみょうじだった。

「成歩堂のやつ……言うなっていったのに」
「しかし、お前はここで誰かが来るのを待っていたのだろう。そうでなければ飛行機の出発時間ギリギリまでこんなところにはいないはずだ」
「俺が待ってたのは成歩堂だよ、アイツに渡すものがあったんだ――もう意味ないけどな」

彼は自嘲気味に呟き、御剣のほうに白い紙を投げる。よく見るとそれは封筒だった。封を破いて中の手紙に目を這わしていく。全て読み終えた後、御剣は無言でみょうじを抱き締めていた。

「行くな、なまえ」

長い沈黙のあと呟かれた言葉はたった一言だったが、みょうじにとってはそれで十分だった。みょうじの目尻に涙がたまる。それを悟られないようにみょうじは御剣の肩に顔を押しつけた。



『拝啓、御剣怜侍様。お前がこれを読む頃、俺は日本を発っているだろう。海の向こうから仕事の誘いがきて、引き受けることにした。頼むから「行くな」なんて言わないでくれよ……尤も、言えないように事後報告にしたんだけどな。だって、そんな事言われたら自惚れちまうっていうか、あぁ、今のなし!とにかくそういうことだから、じゃあな!敬具、みょうじなまえ』




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