部誌2 | ナノ


月並みですが



何故自分が選ばれたのか。その理由が男には全く理解が出来なかった。体ばかり大きくなり、今では優に3メートル超えてしまった。体重なんてもう何年計っていないだろう。髪や髭の手入れなんぞやらないし、伸びすぎたと感じればバッサリと切る。無精だと言われれば否定などしない。その通りだ。だからということもないし、別にそれが自分だ。
それに加えて男は顔が怖かった。強面と言われるレベルを超えていた。子どもが見たら大泣きし始めてしまう様な顔つきだ。それについてももう諦めた。初めて自分の顔が怖いんだと気付いた時、何とか怖くないように色々考え、試行錯誤を繰り返したが、結論:無意味だった。

「ヤズガラさん!」
どうして俺だったのだろうか。
フェアリードールという存在は知っていた。勿論、知識としてだ。見たことも、聞いたことも、触れたこともない。自分とは無縁の存在だと男―ヤズガラは思っていた。そしてそれは事実だった。今の今までは。
屈託のない笑顔を向けるフェアリードールは、数ヶ月前突然ヤズガラの元へとやってきた。まるで抽選に当たりました〜みたいな感じで言われても正直実感が沸かなかったというのが本音だった。呆気に取られている間も説明は続き、ドールマスターになってしまった。
「きいてください!うた、れんしゅうした!じしん、ある、です!」
少したどたどしい言葉遣いをし、ヤズガラに一生懸命に話しかけてくる。上気した頬は少し照れているのだろう。
「あぁ、分かった。聞こう」
「えへへ!」
やってきたフェアリードールはまず名前を付けてくれといった。生まれてこの方ペットすら飼ったこともない男だった。何かに名前を付けるという行為自体、冗談などではなく、初めてだった。だから悩みに悩みまくった。これでもかというくらいに悩みぬいた。悩みぬいた結果、思いついたのが「しず」というありきたりな名前になった。あれほど考えたのにと、他の人なら思うところだろうが、ヤズガラも例外に当てはまらず、そう思った。思ったがゆえに落ち込んだ。そこで自分には名付けのセンスなど皆無なんだと自覚し、もう今後一切名前を付けることはしないと心に誓った。基本的に人との関わり合いなどもなかった男は、人よりも何倍かオーバーだった。
「ど、どう、でしたか…?」
「上手だ」
「ほんとう!?やったー!」
ぴょんぴょんと机の上で飛び跳ねながら喜ぶしずを見ていると、ほんのりと心が温かくなる。こんな感情、生まれてから感じたことなどなかった。
父は異教徒だと嘘偽りを言われ罵られ、絶望の淵に立たされたまま死んでいった。3歳の時のことらしい。母から聞いた。
母は売春をし、性病を移され死んだらしい。兄から聞いた。
兄は盗賊に間違われ、斧で頭をかち割られ、脳みそや血液を垂れ流し、狼などに食い漁られ、骨すらも残らなかった。この目で見ていた。
そんな人生だったのだ。心が安らぐなんて時間、あったかと言われれば等しく皆無だった。
だからこそ、今のこの状況がひどくいびつに見えてしまう時がある。それでも。
「どうか、しましたか?ヤズガラさん?」
机の上に置いた手の指を触り、眉をよせ酷く心配した様子でしずが聞いてくる。ヤズガラはそのまま指を動かし、しずの頬を優しくでも少し強くなでた。うにうにと動かすと、しずももぞもぞと動く。くすぐったいのかキャッキャ笑いながら「やめてください〜」と抗議している。
「はぁ、はぁ…もう、なんなんですかぁ。うふふ」
まだ楽しそうに笑うしず。その笑顔でヤズガラを見上げて、また笑う。
幸せ、という言葉に無縁だったけれど、きっとこの心にこみ上げてくるものが。月並みだけれど、きっと。




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