部誌2 | ナノ


ひかれる



「律音」

名前を呼ばれ、声のした方向に視線を向ける。

「お前、倒れたならちゃんと寝とけよ」
「寝てると落ち着かなくてな」

声の主は大股で近付いてくると呆れたようにベッドで座っている律音を見下ろし、律音が手にしている物に視線を向けた。

「何だそれ」
「前に押収した物がどうも私物に紛れ込んでしまっていて持ち帰ってたらしくてね、中身を確かめていたところだ」
「で、誰のかわかったのか?」
「いや。それがさっぱり。書いていた本人の名前も、ほかの名前も、全く出てこない。いくつか持ち主を絞り込めそうな記述は見つかったんだが、ここじゃわからないしな」

相手が書いてある内容を読む前に律音は持っていた手帳を閉じ、そっとその表紙を撫で、ベッドサイドにある机の上に置いた。
この手帳は書きたいときに書く日記として長く使われていたらしく、何年にも渡って使用者の胸の内が綴られていた。
それを読んだ自分の胸の内に生じた感情に名前を付けることなく、律音はそれを振り払った。

「立てるか?」
「手を貸してくれれば」
「おう、」

差し出された無骨な手に自分の手を重ねると、ぐいと予想以上の力で引かれ、引かれるままに相手に身を委ねるような体勢になってしまった。

「おい、」
「運んでやるからありがたく思え」
「お前という奴は…」

文句を言おうと見上げれば、そのまま抱え上げられ、律音は呆れたように息を吐き出すとそのまま相手に身を委ねた。

「おーおー、また軽くなっちゃって。食事はちゃんとしろって言ってるだろ」
「うるさい。そもそも僕にとって食事というのはだな――」
「あー、その話はいい。何度も聞いた。でもな、俺はそーゆー考え方嫌いなんだよ。大人しく俺に従っとけ」
「……勝手にしろ」

律音を抱えたまま廊下を歩いていく相手にどこに行くかなんて聞かず、先ほどの日記の内容をぼんやりと思い出した。

『なんで居るの、君は死んだんじゃないの、と尋ねたら、自分にもわからないと答えられた』
『最近、君があまり姿を見せてくれなくなってきた。とても、寂しい。君が居なくなってしまったら、僕はどうすればいいのだろう』
『ねぇ、僕が作った君の似姿に君の名前を付けたんだ』
『ねぇ、君はいつ帰ってきてくれるんだい』

「僕を見つけてくれたのも、僕を作り出したのも、僕を見失ったのも、全部君の方じゃないか」
「あん?何か言ったか?」
「独り言だ。気にするな」
「でっけぇ独り言だなぁ」

抱えた律音の独り言に反応して自分の顔を覗き込んできた相手に軽く手を振り、目を閉じる。
結局今現在、自分の手を取って引っ張ってくれたり、時には自分の存在を抱えて歩いてくれるのは目の前のコイツなのだ。
彼じゃない。

「なんか悔しい」
「何が?」
「こういう状態」
「そりゃ、お前じゃ俺を抱えるのは無理だわ」
「だろうな」

溜息をついて自分を抱えている相手を見上げる。
何だかんだ言って、しばらく眠りについていた自分がコイツの手によって目覚めさせられ、コイツがいなければいろいろと不自由する存在なのは覆しようのない事実なのだ。
自分が目覚めたということは、どういう理由であれ、コイツという存在に惹かれてしまったということなのだ。
あぁ、なんて悔しいし、なんてもどかしいのだろう。




prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -