部誌2 | ナノ


あかいくつ



「あぁ、本当によく似合っている」

まさにうっとりと言った様子で呟くゴシュジンサマの言葉に由羽は溜め息をぐっとこらえた。
長い白い髪に赤い瞳。上質な生地とフリルで飾られたワンピースに、由羽の足には少し小さい赤い靴。背には、異形の翼。
びっしりと本棚が並んだ大きな部屋の片隅に置かれた大きな鳥籠の中のベッドの上に由羽は座っていた。

「今日も綺麗だよ、由羽」
「ありがとうございます」

にこりと満面の笑みで言う相手に無表情に礼の言葉を返す。
いつものことだ。
開けられた窓から吹き込む風に弄ばれ、白いカーテンが、長い髪が、揺れる。
赤い靴の上から由羽のつま先に口付けを落とし、「仕事をしてくるね」とゴシュジンサマは出て行った。
これも、いつものこと。

「……いつ、飽きるのかな」

呟き、ベッドサイドのテーブルに置いてあった本を手に取る。
多分あの人もこれまでのゴシュジンサマ達みたいにそのうち飽きて、自分のことを捨てるのだろう。
いつ来るかもわからない終わりに怯えることは、もうなくなった。
この見た目と異形の翼のせいで幾度となく捨てられたり、売られたりしているうちに、そんなことを怯えるのは無意味だと悟ったから。
読みかけていたページを開いて、本に視線を落とす。





「……はぁ、」

読み終わった本を傍らに置いて、ひらひらと揺れるカーテンに視線を向ける。
行儀悪いと思いながらも靴を履いたままベッドの上を進んで窓に近づく。
この部屋が何階にあるのか由羽は知らないが、今まで窓の外の風景を見れるところで暮らしていた事が少ないせいもあって、窓から屋敷の広い庭を見下ろすは嫌いじゃなかった。
窓の外を見て、下の方に視線を動かすと庭師の彼と視線がぶつかった。

「はぁい」

軽く手を振ってみれば気まずそうに視線をそらされた。
やはりゴシュジンサマと庭の片隅で事に及んでいる状況は誰でも見られたくないか、と結論付けて窓から離れる。
と、入口のドアが開く音がして、本棚に阻まれて入口を見ることは出来ないが、入ってきただろう相手は予想がついたから、ベッドに座り直して風のせいで乱れていた髪を整えながら待つ。

「由羽様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう」

本棚の影から姿を現した青年に由羽は笑いかけた。
彼の存在は、由羽の楽しみの一つだった。

「あと、庭師の彼からこれを預かったのですが」
「……メリッサ、かな」

差し出された緑の葉を眺め、しばらくくるくると手の中で回しながら由羽は溜め息をついた。

「今の時期あるか知らないけど、トリカブトでも返しといて」
「…わかりました」

テーブルの上に緑の葉を置きながら言う由羽に青年は少しだけ顔を引きつらせてから頷き、食事の準備を始めた。

「前から気になってたんだけど、」
「なんですか?」
「この屋敷、庭師の彼と君以外にも従者は居るの?」
「それはもちろん」

渡された紅茶を飲みながらした由羽の質問に青年は一瞬きょとんとしたような表情を浮かべてから小さく頷く。
由羽はこの屋敷に連れられてきてから、この部屋からほぼ出ない生活を送っていた。
会う人間もゴシュジンサマか目の前の彼ぐらいで、最近庭師の彼も見かけるようになり、言葉は交わしたことがないが、時々草花のやりとりをするぐらいのコミュニケーションをとっている。
由羽のいる場所で、ほかの人間を見かけたことはない。

「じゃあ、なんでお世話係、君だけなの?ほかの仕事もあるでしょ?」
「多分、主はほかの従者に見せたくないんじゃないですかね」
「君はいいの?」
「間違いが起こる可能性が低いからじゃないですかね」

ベッドに靴を履いたまま体育座りをした由羽に軽く注意をしながら、青年はちょっとだけ困ったように笑った。

「先代と私と同じように従者をしていた親との取り決めで、付いてないんですよ」

青年は片手でピースすると何かを切る仕草をし、由羽はその仕草で何かを悟ったように頷いた。

「なるほど。こっちも付いてないから、どっちにしても間違いが起こりにくい組み合わせってことだね」
「え?」

納得した様子で頷いている由羽にきょとんとした表情を青年は浮かべ、由羽はにやりと笑って青年と同じようにピースをして何かを切る仕草をしてみせた。

「何代か前のゴシュジンサマのゴキボウで、ね。そのせいで買う相手とか売る人間の趣味によって価値が変動したりして大変らしいけど」
「……そうでしたか」

青年は少しだけ表情を曇らせて視線を伏せ、それを見て由羽は楽しそうに笑った。

「それにしても、ゴシュジンサマは従者と間違いが起こることを嫌がってるのに、なんで本人は手を出してこないんだろうね。ないのが嫌で手を出さないなら、買うときに言われるはずなのに」
「主にとって、あなたはそういう対象じゃないんですよ」
「あぁいう趣味してるのに?」
「……あぁいう趣味してるのに、です」

不思議そうに呟く由羽に青年はちょっと困ったように笑い、由羽が指差した外の光景を目にした青年は苦々しげな表情を浮かべ、頷くしかなかった。
風に弄ばれて開いていたカーテンをそっと閉めると青年は由羽に向き直り、由羽は納得がいかないと言いたげな表情で青年を見上げている。

「主にとって、あなたは情欲の対象ではないですが、とても大切な存在なんですよ」
「朝と夜にちょっとだけ会いに来るだけの人にとって?」
「えぇ。私には会いに来られる頻度の理由はわかりませんけど」
「ふぅん」

困ったように微笑みながら言う青年に由羽は不思議そうな表情を浮かべ、自分の履いている靴をじっと眺めていた。

「じゃあさ、」
「はい」
「なんで赤い靴なのかわかる?今までここまでちゃんとした格好用意してくれた人も少ないけど、ちょっときつい赤い靴っていうのが理解不能なんだよね。これじゃあ異人さんに連れて行かれることも、踊り狂うこともできないよ?」
「赤い靴、ですか」

自分の履いている靴を眺めながら尋ねた由羽に青年はちょっとだけ笑い、そうですねと呟いて少しだけ首を傾げた。

「もしかしたら、どちらも起こらないように、かもしれませんね」
「え?」

少し考えてから呟いた青年をきょとんとした表情で由羽は見上げ、首を傾げた。

「靴が小さかったら、歩こうとしても痛いでしょう?」
「そうだね。履いてるだけでも痛いし」
「そうしたら、あまり動きたくないから、ここから出ないでしょう?」
「うん」
「だからじゃ、ないですか?」
「ちょっと意味がわからない」
「そうですか」

青年の言葉を聞いて首を横に振る由羽に青年はちょっとだけ笑い、由羽はそれを見て少し顔をしかめた。

「私はその靴、とてもよく似合っていると思いますよ」
「……じゃあ、ちょっときつくても、足が痛くてもいいや」

にこりと笑う青年に由羽は少しだけ表情を綻ばせ、嬉しそうに笑った。




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