部誌2 | ナノ


あかいくつ



ピコピコした安っぽい電子音にアレンジされたG線上のアリアが、机の上でぶるぶる震える携帯電話から流れ出す。ベッドに寝転がって読書をしていた俺は、本を放って携帯に飛びついた。
着信の相手も確認しないで通話ボタンを押す。あまり使わない携帯に、このタイミングで電話をかけてくるのは彼しかいない。
「シンジ! 届いた!?」
相手の声も聞かずに、期待いっぱいに問いかければ、しばしの沈黙の後に慎二の低く不機嫌な声が返ってくる。
「……届いたよ! どういうつもりだよオマエ、こんなもの送ってきて!」
「可愛いだろ−。特注だよ」
「僕、オマエのことをずっと変な奴だと思っていたけど、認識を改めたよ。お前は変態だ!」
「そうかもね」
自覚していることを言われても、なんのダメージもない。予想通り、むしろ楽しみにしていた慎二の罵倒を、おれは布団に転がりながらにやにやと聞いている。
子供の頃からの友人である慎二に贈ったのは、クラシカルなデザインの、赤い女性用の靴だ。全体的に丸いフォルムは幼児の履くそれを連想させるが、特注品であるプレゼントは慎二の足に合わせて作ってある。ちなみに彼の靴のサイズは、間桐家に電話をしたときに慎二の妹が教えてくれた。
「シンジがマスターに抜擢されたって聞いたから、そのお祝いに。赤い靴って君らしいだろう?」
「どこがどう繋がってそういう結論に至ったんだ! お前の頭は配線がズレてるんじゃないか!?」
「あはは、シンジは表現がうまいねえ」
シンジの的確なツッコミは、十年前に初めて会ったときから、年々キレを増しているように思う。留学中の間桐家ご子息様という肩書きに似合わないそれに、幼い俺は心引かれ、俺と慎二は友人になった。そこで築かれた関係は、慎二が日本に戻ったあと、今に至るまで続いている。
これまでもふざけて贈り物をすることはあった。クソまずいクッキーや、くだらないおもちゃ。
「シンジ、ここからは真面目な話」
慎二は今回もその類いだと思っているのだろうが、それは不正解。彼に贈った赤い靴には、きちんと意味がある。それも、慎二のこれからに関わる。
「君は、『赤い靴』という童話を知っているかい?」
「アンデルセンのだろ」
「そう。俺はあれを『高慢』の話だと思ってるんだけど」
「…………オマエ、僕が高慢だって言いたいのか」
「うん。そうだね」
俺は静かに言い放った。君は赤い靴を履いたカーレンと同じだと。そのまま行いを改めなければ、靴を履いたまま踊り続けることになると。
これは忠告だった。昔から慎二は間桐の跡継ぎとしてのプライドが高く、魔術についても高い関心を示していた。けれど残念ながら彼に魔術回路はなく、跡継ぎとなるのは出来の悪い妹の方。そんな折に彼がマスターとなり、サーヴァントを手に入れたりすれば、慎二は更に周囲を見下し、自分のためには手段を選ばない輩になってしまう。
「僕は間桐の子どもなんだ。周りのクズ共を餌にして何が悪い」
「悪くないさ。魔術師だったらそういう選択を取ることもあるだろうからね。でも、俺はシンジが心配なんだよ」
「余計なお世話だ」
がちゃんと耳障りな音と共に電話は切られた。ツーツーと鳴る携帯を放り投げて、俺はベッドに沈む。
慎二にとっての赤い靴は、きっと、魔術だ。魔術という靴を脱がない限り、彼が無様に踊り続けるように思えてならず、友人としてそれは阻止したい。
カーレンは足を切り落した。慎二もその程度で済んでくれ。もし、もし赤い靴に導かれるままに崖下へ転落してしまったら、戻ってくることは敵わないのだから。




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