部誌2 | ナノ


あかいくつ



雨がしとどに降り続ける中、同室の竹谷が苦い笑いを浮かべ今日の会瀬が駄目になったと口にする度、なまえはどう仕様もない居心地の悪さを感じていた。
この日この時に会おうと確かに約束したけれど、見ての通りの雨足だ。あちらさんも断念さぜるを得なかったに違いない。
言って手拭いで乱雑に髪をかき上げる彼の姿は、そうは言いながらも如何にもしょぼくれていて堪らない。
傘も持たずに飛び出して、落ち合う場所で一体何刻待ち呆けていた?お前はまたいいように袖にされたんだ、もう女を相手にするのはやめたらどうだ。
前者は事実、後者は希望。それも至極個人的でどろどろした欲にまみれた。

「なんだ、今日はなまえのお小言はなしか?ないならないで寂しいもんだが、傷心の俺を労ってくれているという事だな、うん」

人の気も知らないで、とはまさにこの手の男に与えられる言葉だろう。なまえは居住いを崩し、不意に竹谷へと腕を伸ばした。

「小言が欲しいならくれてやる。ちゃんと拭かなければ風邪をひくぞ」

竹谷の手から布地を奪い取り未だ濡れそぼる彼の身体を丹念になぞっていく。
くすぐったいと身を捩る竹谷に黙って火鉢に当たっていろと促した時、なまえはこのやりとりに自身が満たされていると知って内心の自嘲が止まなかった。
二人きりの部屋。その気になれば今すぐにでも褥で肌を重ね合わせられる距離。
この手でお前を抱きたい。善い様に乱してやりたい。あられもない姿を俺に見せてくれ。
視線は俺を、言の葉はお前を抱く男の名と快楽のみを紡げばいい。噛み合わせた歯がぎしりと鳴った。
浅ましい感情だという自覚を持ち、表に出さぬよう既に呑み込んだはずのそれは今なおなまえの腹の底でのたうち回っている。
竹谷に触れたい。触れてはいけない。犯したい。ここには居られなくなる。壊したいのに、お前はこんな俺すら温かく照らしてくれる。
肌を拭っていた手が、止まる。

「なまえ?」

背後の友の様子に気付いた竹谷が振り返り俯くなまえの顔を覗き込んだ。

「どうしたなまえ、腹でも痛いのか。腹が痛い時はな、梅粥でも啜って温かくして横になるんだ」
「……腹は痛いが梅粥は要らん」
「なんだと!やはり腹が痛いのか……火鉢にあたらなければいけないのはお前の方じゃないか」

具合が宜しくないのに俺を拭いている場合かと、竹谷は途端に世話焼きを発揮して火鉢をなまえの傍へと引き寄せた。
自分が羽織るはずだった着替えの上衣も広げ、ついでとばかりに肩に羽織らせる。

「雨に濡れたのは俺なのに、まるでなまえが土砂降りの中を今も立ち尽くしているみたいだ。近くに軒先はないのか?」

妙な事を訊く。なまえはくつりと笑い、すぐそこにお前はいるのにと胸中で暴露した。本音を晒すのはいつも胸内だ。
何を小難しく考えているのかと度々指摘されるからには顔に少なからず表情が出ているのだろうが、竹谷への想いであれば尚更誰かに明かす事も出来なかった。
無論、本人を前に告げられるはずもない。

「何を笑っているんだ?」
「この雨はいつまで長引くのかと思ってな」

耳を澄ますまでもなく雨音は響いている。ふぅんと気の抜けた返事をした竹谷は、そうして何か思いついたと言わんばかりに笑んで見せた。

「こうしていると、なまえが俺の女のようだな」

何を。なまえが言うより早く竹谷は彼を手の平で制した。

「気味悪がるなよ、他意はない。思ったままを言っただけだ。俺の衣を被って、こうして手を取り合えば……な?そういう場面みたいじゃないか」

快活に笑う様を見せ付けられ、なまえはこれが竹谷なりの案じ方なのだと気付かされる。
本当に人の気も知らないで…笑いたいような泣きたいような奇妙な感覚を抱いたまま、なまえは胸元に手を押し当てた。
己の鼓動が少しばかり早い。

「俺もそろそろ何か羽織らないと風邪をひくなぁ」

替えの装束はどこだと立ちあがる竹谷から視線を逸らす。
雨は、未だ止む気配がない。外も、内も。





赤を吸い上げた足袋が重い。元の色を変え、重さの変化さえ気づかせるほど長居したことを自覚してひとつの影は薄っすらと笑みを浮かべた。
伏した女を踏みしだく都度、絡みつくようにじわりと侵食したそれ。浅ましさを哂う故の笑みだったが、果たしてそれは誰に向けられたものなのか。
真摯にあいつを想っていたなら結果は違っていただろうか。影は自問する。だが初めての問い掛けはあまりにも遅かった。
影は血色の地にぽつねんと、不穏な要因を抱え込んだまま空を見上げる。
直に雨が来る。あいつは待ち呆けをくらうことになるが、それを今更案じた所でどう仕様もない。
これまでに何度同じ様を繰り返したのかも、思い返した所で詮無いように。




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