部誌2 | ナノ


もう一度、君に、溺れるような恋をする



生まれ変わっても、同じひとを好きになる。
それは、どれくらいの激情だろう。



「これ! めっちゃくちゃいいんスよ!」

部活も自主練も終わり、あとは着替えて帰るだけの、少しの時間に。
そう言ってチームメイトの黄瀬涼太が差し出したのは、一冊のパンフレットだった。

「ァんだぁ? こりゃ」

「映画のパンフレットっス!」

「いやそれぐらい分かるっつうの」

近すぎて見えなかったパンフレットをもぎ取り、青峰大輝はパラパラと適当に中を覗き見た。好みの女優がいない時点ですでに興味は失せていたが、それを許さないのが黄瀬だ。もっと丁寧に読んで! と女々しいことを言いながら、嬉々として語る。

「簡単に言えば、戦争で生き別れになった恋人同士が、生まれ変わってまた結ばれるラブストーリーなんスけど。もーめちゃくちゃ切なくて試写会で超泣いたッス!」

アクション映画ならともかく、恋愛映画の話を青峰に持ってくる辺り、人選を間違えている。さつきにでも言えよ、とは思ったが、黄瀬のことだ。桃井にも同じことを語るのだろう。
部室に二人しかいない事実がつくづく惜しまれる。せがまれるままに1on1に付き合うんじゃなかった。チームメイトは全員すでに帰宅してしまったらしく、代わりに黄瀬の無駄話を聞いてくれるような人間がいない。最悪だ。とっとと着替えて帰ろう。シャワーもそこそこに帰宅の準備をすれば、黄瀬の話はいつの間にか進んでいたらしかった。

「で、すれ違っちゃった末にようやく結ばれるんス。結局記憶を持ってたのはカレシだけで、カノジョの方には記憶が戻らなかったんスけど。ばあちゃんになって、死ぬ間際に全部思い出して、約束の言葉を言うシーンがほんともーチョーよくて!」

知らねえよ。
ベラベラくっちゃべる黄瀬を置いて帰ろうとロッカーのドアを閉めれば、しみじみと言う黄瀬の声が耳についた。


「生まれ変わって、時代も生き方も何もかも変わっちゃったっていうのに、好きだったひとを忘れられずに探し出すとかすごい執念スよねぇ。それくらいひとりのひとを愛し抜くって、どんな気持ちなんだろう」


「――――、知るか。先帰んぞ」

「えっ、ちょ、青峰っち早くねぇ!? 待ってくださいッス!」

「やだよめんどくせえ。じゃあな、また明日」

「ちょっ――――」

部室のドアをくぐり、バタン、と勢いよく閉める。何故だか変に喉が乾燥していた。喉に手を当てながら小さく咳。それでも治らなくて、カバンから飲みさしのペットボトルを取り出して喉を潤した。それでも足りない。

青峰は、渇いていた。




いつものように目覚め、いつものように学校に行き、いつものように授業で寝て、いつものように部活。
なんてことのない日々だ。変化は少ない。青峰がその才能を開花させてからも、代わり映えのない日々。

けれどもそれらすべてが、色褪せて見えた。
あれだけ楽しかったバスケをつまらないと思うようになったのはいつからだろう。そのせいで生まれた不協和音に、知らない振りをして。
目の前で様々ないものが失われてゆくのを、青峰はただ見送るだけだった。

だって、そこで抗ってどうなる?
どうにもならないだろう。
どうせ誰も、俺には勝てない。

緩やかに絶望を辿る。最早意味すら見いだせなくても、あの楽しくて仕方がなかった日々を忘れられず、みっともなくバスケにしがみいている。己の姿勢が冒涜だと判っていても、青峰にはそれしかできない。それぐらい、バスケしか青峰にはなかったのだ。
まだ黄瀬がいるだけ、救いがあるのかもしれない。その力量さを知っても青峰との対戦を求め、吸収し進化しようとする黄瀬がいるだけ、ましなのだろう。

それでも。
黄瀬が強くなるのを待ってなんかいられない。黄瀬が強くなろうとも、同じだけ、それより早い速度で、青峰もまた、強くなってしまうに違いないのだから。

未発達の、成長途中の青峰にすら勝てる人間は少ない。ストバスに行こうと、親善試合と称した高校生相手の試合をしようと、青峰は本気にはなれなかった。
チーム戦は、1on1より酷い。味方の中でどれだけ点を取れるかを競うような、一方的な試合だ。策略も協力もなしに試合に勝ててしまうのだから、キセキの世代と持て囃されてしまうのも仕方のないことなのだろう。暴力的なまでの強さは、青峰を更なる絶望に誘った。

だからこそ、青峰は1on1を望んだ。まだそこに希望を見いだしていた。例えチームとしての力が弱くとも、たった一人。青峰ほどの実力を備えた人間がいるかもしれない。
未だ出会えていないその人間を、切望してやまなかった。


その切望した人間が、もしかしたら身近にいるのかもしれないと気づいたのはいつだったか。
そのカリスマ性と統率力、戦略に置いて一目置かれている、キャプテンの赤司征十郎。

赤司の統率力や試合を支配する能力は誰もが認めたものである。しかし1on1で試合をした時の強さを、誰も知らないのだ。
強いのは確かなのだろう。キセキの世代と呼ばれるだけあって、赤司は他のキセキたちに負けない程の実力を備えている。けれど、彼の本来の実力は巧妙に隠されていた。

彼個人の隠された実力を知らないと気づいた時に、青峰はその鼓動を早くさせた。
期待が胸を渦巻き、うまく呼吸できないほど、赤司という存在を求めた。この絶望に浸った身をすくい上げてくれる唯一だと、そう思った。
だからこそ青峰は赤司と対戦したいと願い、同じだけ恐れた。

もし赤司が、青峰より弱かったら?

ようやく見いだした希望を自らの手で壊せるほど、今の青峰は強くなかった。
対戦したい。したくない。身の内に抱えた矛盾は青峰の胸でくすぶり、ただただ、赤司を見つめることしかできなかった。



その時に立ち会ったのは、偶然でしかなかっただろう。

部活終わり。むしゃくしゃした気持ちをぶつけるように、走って、ボールを投げて、やれるだけのことをやり尽くした帰りのことだった。

そうすることでまたひとつ、青峰は強くなったのかもしれない。けれどやらずにはいられなくて。
1on1の誘いをかけてくる黄瀬を放置して、無心で練習に打ち込んだ。頭を空っぽにして、ひたすらに体を動かした。けれどまだ何かが足りなくて。
脳裏に浮かんだ赤司を振り切るように帰途につこうとして、タオルを忘れたことを思い出した。一度忘れたまま帰って母親や桃井にしこたま怒られたのは記憶に新しく、仕方ねえなと部室へと踵を返す。

部室に戻り、忘れ物を手にとって。今度こそはと部室から出た時に、隣のミーティングルームから光が漏れていることに気づいた。まだ誰か残っているのかと首を傾げ、扉を開いたその先に、意外な人物がいた。

「赤司……?」

そう声に出して思わず口元を押さえたのは、あの赤司征十郎が眠っていたからだ。

完璧、という言葉を体現したような存在である赤司は、誰にも隙を見せたりはしない。常に冷静で先を見通しているかのように見え、考えや感情を悟らせない。無表情でいることが多く、あっても薄く笑みを浮かべる程度で、何かしらの強い感情を見せることすらなかった。

その、赤司が。
パイプ椅子に背中を預け、足も腕も組んだ状態で、居眠りを。

珍しすぎる光景に、青峰の心臓は嫌な感じにバクバクとうるさい。見てはいけないものを見たような、今この場所にいることが罪とさえ思えるほどにレアだった。

すうすうと健康的な寝息が部屋に響く。物音ひとつ立てることすら躊躇われ、青峰は息を潜めてその場でじっと固まっていた。
何十秒かして、赤司が簡単に目を覚まさないくらいには熟睡していることを理解し、小さく息を吐いた。びびらせんなよ、の一言は口の中で呟いたために大した音量にはならなかったが、直後に身じろぎした赤司にびくりと固まり、また何十秒か耐えて後、ようやく鼓動が平常に戻った。安堵の吐息はやはり静かに口から零れた。

赤司の寝顔がどんなものかとのぞき込んだのは、出来心だった。
見慣れない寝顔はいつもの凛々しく大人びたものではなく。どこか幼くて可愛らしくて、気づいたら腕が伸びていた。指の背で頬をなぞり、唇に触れる。頬は柔らかですべすべしているのに、唇は何故かかさついていて、何故だか胸がざわついた。

「ん……」

眠る子供がぐずるように、眉を寄せて青峰の指から逃れるように顔を逸らす。その様子に青峰は苦笑して、数瞬後に勢いよく赤司から離れた。

「―――――え、」

一体、自分は今、何を。
頭に血が上って、熱の塊が体中を駆け巡った。震える唇を手の甲で押さえ、その手が赤司の頬や唇に触れたものと同じであることを思い出して背中に隠した。混乱に次ぐ混乱で訳がわからなくなって後ずさる。畳まれたパイプ椅子にぶつかってガタンと大きな音を立ててしまい、赤司の肩が震えた時点で、青峰はその場から駆け出した。
ミーティングルームを出て、上履きのまま脱兎のごとく逃げる、逃げる、逃げる。宛もなく、ただひたすらに。走って、走って、走って、息も出来ないくらいに、全力で走って。酸素が足りなくて、まるで溺れているみたいだったが、それでも走ることを止められなかった。

そうして青峰はその日の出来事をなかったことにした。時折思い出しては転げ回るような想いを味わったが、その感情に名前などつけられなかった。



「黄瀬のクソッタレが……」

いらないことを言うから、余計なことを思い出してしまった。顔が熱い。誤魔化すように息を吐き出しても、熱は一向に収まらなかった。

青峰は自分ですら敵わないような、絶対的強者を求めていた。渇望とも呼べるそれは、青峰を苛んだ。渇いて渇いて仕方なかった青峰を満たしたのは、他の誰でもなく赤司ただ一人だ。

この気持ちがなんなのかなんて、頭の悪い青峰にはわからない。言葉にするのも恥ずかしく、的確な表現すらできやしない。
それでも青峰は確かに赤司を求めていて、それがどんな感情であれ、執着心は存在していた。求め続けた強者に対する捻くれた執着は、もしかしたら生まれ変わっても、赤司を求めるのかもしれない。

ちゃんと考えれば、黄瀬の言ったことと青峰が思い出した出来事に関連性などない。
それでも青峰が思い出し、こうして恥ずかしい思いをしている、理由は。

ああ、やっぱり顔が熱い。こんな顔を誰にも見られたくなくて、青峰はいつかのあの日のように駆け出した。目の端に赤いものが見えても、錯覚だったと自分に言い聞かせて。


息も出来ないくらいに全力で走る。
そうしてまた、溺れるような思いをするのだ。




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