部誌2 | ナノ


もう一度、君に、溺れるような恋をする



それは、淡雪のような思いでしたが、名前をつけるとすれば、間違いようもなく「恋」でした。触れれば儚く消えてしまうような淡い淡い思いでした。それでも確かに、それは存在していました。淡雪は降り積もることはなく、心臓の熱で溶かされて消えていってしまいました淡雪は路傍に落ちると、溶けて泥濘を作り、足を付けたくないような「気持ち悪いもの」に変容してしまう。そんなところまで、その思いは淡雪にそっくりでした。


僕の家は魔法使いの家系だった。僕のお父さんもお母さんも、お祖父さんも、お祖母さんも、曽祖父も、曾祖母も、伯父さんも、伯母さんも、みんなみんな、魔法使いだった。
そして、僕も魔法使いだった。
家の人は皆「純血」であることに誇りを持っていた。そして、魔法使いの学校に入ったら僕に必ず「スリザリン」に入るように言い聞かせていた。
小さい頃から魔法の才能があった、と言われていた僕はとても期待されていた。もらった本に書いてあった呪文はすべて出来たし、魔法薬の調合も得意だった。
そんな僕を家族は褒めて、僕が立派な魔法使いになることを望まれていた。
そんな僕に勉強を教えに来てくれていたのが、お母さんの知り合いの魔法使いだった。真っ黒なコウモリみたいな印象の黒い髪の魔法使い。彼は、セブルス・スネイプと言った。
お祖父さんやお祖母さんは彼のことをよく思っていないようだったけど、僕の勉強のためなら仕方ない、といって彼を家にいれた。セブルス・スネイプは「ホグワーツ魔法魔術学校」で「魔法薬学」を教えている、と言っていた。僕は、彼のことをスネイプ先生と呼んでいた。
彼は、僕にいろんなことを教えてくれた。魔法薬のこと。自分で魔法をつくること。錬金術のこと。闇の魔術のこと。僕は彼の低い声が紡ぎだす世界が大好きだった。
スネイプ先生が来る度に纏わりついて、色んな話を聞き出した。やかましかっただろう僕に、彼は嫌な顔一つせずにお話をきかせてくれた。
彼の、魔法薬の入った鍋をかき混ぜる手を見るのが好きだった。
彼が、僕が良く出来た時に見せる微笑みが好きだった。
彼が僕が眠ってしまった(と思われている)僕の頭を撫でていく手が好きだった。
彼の、薬草の匂いの染みた、大きなそして少し重い黒いローブが好きだった。
「なまえはほんとに、セブルスが好きね」と、お母さんは言った。お母さんは僕の気持ちを「あこがれ」だと思っていたし僕もそうだと思っていた。
僕は、「ホグワーツ」に入って「スリザリン」に入って、スネイプ先生に魔法薬学を教えてもらうことを夢見ていた。


そして、それは夢で終わることになった。

陽の光が窓から差し込んでくる。目に直接入り込んでくる光が視界を白く染めて前が見えなくなる。眩しいな、となまえは図書館で借りてきた本で庇を作ろうとした。
「あ、」
上げた手が、誰かにあたって、僕は本を取り落とす。ばさ、と嫌な音がしで本が落ちる。ページが潰れてしまった音。あぁ、本が傷んでしまう、と思いながら僕は慌ててしゃがみこんだ。
それから、思い出したようにして開いた手で目元に日陰を作ってぶつかってしまった人を見上げた。
「ご、ごめんなさい、お怪我はありません、か」
最後まで言い切って、見上げた人の正体に気づいてなまえは息を飲む。上から下まで真っ黒な服。黒い髪。そして、薬草の匂い。
「……意識が散漫だな。何を考えていたのか知らんが、図書館の本は大切に扱うべきだな、みょうじ」
セブルス・スネイプが、冷たい目でなまえを見下ろしていた。それに、じゃあ、貴方はどうなんですか、とか、ぐっと言いたいことを押し殺して、はい、と小さな声で言った。
「グリフィンドール、5点減点」
低い声が告げる。それを聞きながらなまえは目を閉じた。陽の光で身体がほのかに暖まる。目を閉じれば、あの冷たい目を見なくてすむ。
足音が遠ざかっていくのを聞きながらなまえはそっと目を開けた。目の前に心配顔のハーマイオニー・グレンジャーがいて、僕に大丈夫?と聞いた。
「うん」
「スネイプ先生は、なまえにとても厳しいわね……少しぶつかっただけじゃない」
なまえの代わりに憤るハーマイオニーの言葉を聞きながらなまえは立ち上がる。ハーマイオニーはなまえの良き友人だった。彼女はマグル生まれだったが非常に優秀で、とても強くて、そして優しい子だった。
グリフィンドールに入ってしまったなまえは、はじめ、その理由がさっぱりわからなかったが、彼女に会って理解した。僕は、彼女をマグル生まれだからといって嫌うことは出来ない。そして、純血主義に疑問を抱いていた。
組分け帽子は、きっと、こうなることを見抜いていたのだろう。だから、僕をグリフィンドールにいれたのだ。
「ハーマイオニー」
後ろから声がかかる。振り返らなくてもその声の正体が誰であるか、なまえは知っていた。遅刻するよ、と言った声にハーマイオニーは今行くわ、と答えた。
「じゃあ、貴方もゆっくりしていると遅刻するわよ」
そう言って、ハーマイオニーは去っていく。その背中をチラリとだけ見送ってなまえは目閉じた。
『なんでみょうじと喋ってたんだよ、あいつの家、前に言っただろ』
ロナルド・ウィーズリーが言う。
『なまえは悪い人じゃないわ』
『どうだか』
『だって、組分け帽子がグリフィンドールにいれたのよ?』
『きっと、耄碌したのさ』
そのやり取りをやり過ごしながらなまえは瞼を開ける。眩しい。
三秒後に教室に向かってダッシュしよう。きっと、二度もスネイプ先生に会うことはないだろう。減点されやしない。
そう思いながらなまえは一つ、ため息をついた。


「僕は家を出るよ」
ただ一人の友人のハーマイオニーが、キズだらけの僕の手をとった。ああ、こんなところをロナルド・ウィーズリーに見られたら誤解をされてしまう、と思いながら僕はその温かい手を振り払うことが出来なかった。
「協力するわ。きっと、校長先生だって、協力してくれる」
そう言ったハーマイオニーは不意に涙を零した。
「なんで、君が泣くの?」
「だって、こんなのって、酷いわ」
そう言いながら、彼女は涙を拭って、ポケットから小瓶を取り出した。ハッカの匂いのする瓶から少し指で掬ってそれを僕の手に塗る。
手だけじゃなくて、体中にその傷があると言ったら、彼女はどうするのだろう。きっと、その小さな瓶の薬では足りない、と思いながらほのかに温かい熱が傷の痛みを溶かしていく感覚に安堵した。
裏切り者、という家族の罵りだとか、折檻だとか、いろんなものでずたずたになりそうだった全てが彼女の涙で少し癒されていくような気がした。


ベーコンを焼いて、それからトーストを焼く。目玉焼きも焼いて、ハッシュドポテトとサラダの隣に並べておく。パンは昨夜のうちに自分で焼いたものだった。結構、うまく焼けたと思う。
実家が割りといい家な上に大切に育てられたなまえは料理をしたことが無かったが、ここ一週間、勉強のかいあって随分成長したように思う。
魔法薬と変わらない。大切なのはタイミングと、バランス。魔法薬と違って少しづつアレンジが違うけれど基本は同じだ。
そんなことを思っているうちに、なまえが居候している先の家主が現れる。
朝からぴっしりとした服を着込んだ家主を見て、なまえは少しだけ顔を強ばらせた。
「おはようございます、紅茶、淹れましょうか」
「あぁ、頼む」
そう言って、なまえが食事を用意しておいた席ついたのは、朝っぱらから真っ黒な服を着たセブルスだった。
水をいれたヤカンをお湯にかけながらなまえはちらり、と顔を横目で見る。新聞を広げている彼は、なまえが席につくまで食べ始めようとしない。
なまえがここに居候することは、ダンブルドアの一存で決まった。
なまえを、家族から隠す必要がある、とダンブルドアは言った。だから、何故ここなのか、と問いかけると彼は「灯台もと暗しというじゃろ」とお茶目にウィンクを寄越した。
『大丈夫じゃよ。彼は味方じゃ』
そう言ったダンブルドアの言葉を信じることにしてやってきたなまえだったが、セブルスの態度にあまりなれることが出来なかった。
沸いたお湯をお茶の葉の入ったポットに移そうとして手を伸ばす。刹那、お湯がヤカンから噴出する。
「アツっ、」
危ない、と思った瞬間には遅くて噴きだしたお湯が指にかかる。その程度をちらりと見ながら、これくらいなら、と判断して、火を消さないでそのままヤカンの取っ手をつかんで紅茶の入ったポットに注ぐ。ふわりとした良い茶葉の香りが上がった。
家で飲んでいたものと変わらない香り。元々彼がこの茶葉で飲んでいたのか、それとも変えたものなのか、なまえは知らなかった。
紅茶の入ったポットを食卓に運ぶと、こちらを凝視しているセブルスと目があった。
何か、粗相があっただろうか、と思いながら少し身体を強ばらせる。
「手を、見せてみろ。火傷しただろう」
本当は、自分がしたドジなど指摘されたくなくて「いいえ」と答えたかったのだけれど彼の眼力と、学校での彼の佇まいの記憶に負けてなまえは素直に自分の手を差し出した。少し、冷たい手がなまえの手をとって、検分する。顔が、近い。と思った。あぁ、もっと、遠くからポットを置けばよかった。そうしたら、こんな居た堪れない距離感にはならなかった。
「早めに薬を塗っておいたほうがいいな」
セブルスはそう言って、席を立つ。
「あ、あとで、いいです!紅茶、冷めちゃいますし、」
「馬鹿者、紅茶などまた淹れなおせばいい。今度は私が淹れてやる。また、怪我をされたらたまらないからな」
その言葉に、なまえはぐっと黙りこむ。ぴた、とセブルスが足を止めた。そして、小さく「いや、」と言葉を区切った。
そうして、振りかえる。
時が、止まればいいのに、と思った。
振り返ったセブルスは困惑気味に、でも、優しく微笑んでいた。
彼はそのまま大きな手を差し出してなまえの頭を優しく撫でた。
「折角、怪我が治ったんだ。自分の身体を大切にしなさい」
体中を、温かい風が包んだ、そんな気がした。
通り抜けた感慨が、目頭を熱くする。駄目だ、いけない、という思いは抑止力にはならずそのまま、なまえの目から涙が溢れた。
止めなければ、と、なまえは自分の目を押さえた。止めどなくあふれだす涙を止めるすべをなまえは知らなかった。
ふわりと、セブルスのローブが香る。肩をそっと抱かれて、不器用に背中を叩かれる。
セブルスは、なまえが家を出たことに関係があって、寂しくて泣いていると思っているかもしれない。彼が、そう思って自分を抱き寄せてくれるのなら、それでも良いとなまえは思った。


貴方は、雨だ。雨のように降り注ぐ。降り注いで降り注いで、僕の思いを溢れさせる。きっと、7月の豪雨。バケツをひっくり返したみたいに絶え間なく、そして凶悪なほどに降り注いで洪水を引き起こす。
僕は、貴方の中に溺れていく。




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