部誌2 | ナノ


もう一度、君に、溺れるような恋をする



国一番の街から、少し離れた所。
竹林が広がっている傍に、平屋の小さな家があった。
そして、その家の縁側ではひとりの男が眠っていた。
歳は四十代後半ぐらいだろうか、けれども藤色の髪をした美しい顔立ちをしていた。

花の国からこの東の国に帰ってきた夫婦の、夫だった。

眠る男の元に、一匹の猫が擦り寄る。
にゃあ、とひとつ鳴き、その声に男がうっすらと目を開けた。

「黒姫、どうしたね」

ゆっくりと体を起こし、猫を抱き上げる。
猫もまた、男に体を預けもうひとつ鳴いた。

「あいつは、どこへ行った」

妻の姿を探し部屋の中を見渡すが、どうやら家にはいないようだ。
遠くに出掛ける時は必ず一言かけるのが約束だ。
きっと竹林のあたりでも散歩しているのだろうと、猫と共に探しに行く事にした。


竹林の方に向かいしばらく歩くと、目的の方向から唄が聞こえた。
聞き慣れた唄だった。

「・・・・」

唄が聞こえる方に歩みを速める。
懐かしくも、哀しい唄だ。
男の脳裏に、幼い頃の妻の姿がふっと浮かぶ。

「懐かしいな」

思わず、その唄声に合わせて唄い出す。
相手も気付いたか、二人の唄声が合わさっていく。

竹林の真ん中に差し掛かった時、現れた女は舞っていた。
昔のように、あの、見世物一座に居た頃の様に可愛らしく舞っていた。

男とは歳が離れており、女はまだ三十になったばかりだった。

舞う女に片足は無く、代わりに太い枝が伸びていた。
それでも器用に楽しそうに舞っていた。

しばらく二人は唄い合い、舞いを続けた。
大好きだった唄、嫌いだった唄、二人の十八番。
沢山の曲を唄い、段々男に疲労の色が見え始めた。

「あら、貴方ともあろう人がばてちゃうなんて」

やや頬を上気させた女が男に抱き付く。

「お前は相変わらず元気だな」

息を切らした男が女を受け止める。

「久しぶりね、こんなにお唄したの」
「全くだ、天帝様にお披露目した時以来だろうか」
「あの後だもの、逃げ出したの」
「そうか、あの後だったかな」

まともに生きられない子供。
親に捨てられた子供。
人として扱われなかった子供。

そんな子供たちが集まり、物好き達に舞いを見せ唄を唄う。
見世物一座として、そうやって生きていた。

「あの頃の貴方も素敵だったけど、今の貴方の方が素敵ね」
「・・・年寄りに何を言うのやら」
「貴方の一族では、でしょう、昔よりずっと色っぽかったわ」
「なんだ急に」

抱き合ったまま、二人は笑い合う。
幼かった頃も、大きくなってからも、必死で生きていた。
愛し合っている事すら忘れてしまう程だったのだ。

「何だかね、初めてゆっくり生きてるなって思えたの」
「こっちに戻ってからは、何も無かったからな」

女は、男にぎゅう、と抱き付いた。
存在を確かめるように、生きている事を確かめるように。

「・・・愛してる」
「はは、有難う」

女も男も、心の中で感じていた。
お別れは、きっと、そう遠くない。


だから、もう一度、もう一度だけ。




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