部誌2 | ナノ


言葉通りの、



桃井さつきには、一つ下に弟がいる。
なまえという名の彼は幼なじみ曰わく、ツンデレのシスコン。昔はなまえのやることなすことに、嫌われているのかと涙したものだが、最近ようやく幼なじみの言い分が理解できるようになってきた。

「……なに、姉ちゃん」

なまえお手製のワッフルを食べながら、目の前に座るなまえをじっと見つめる。
昔はさつきより小さかったのに、今は身長が並んで、さつきよりもがっしりした体つきになった。さつきの隣にいる幼なじみが幼なじみだから、なまえの成長を実感することはあまりなかったけれど、なまえもちゃんと、大きくなっている。それが嬉しくて、ほんの少し寂しい。

「んーん。昔のこと思い出してただけー」

にこにこ笑いながら告げれば、なまえは苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。ごめんって、とギリギリ聞こえるくらいの小さな声で謝罪してくるから、申し訳なく思ってくれているらしい。

「でも八割は大ちゃんのせいだから」

「おい」

無言でひたすらワッフルを貪っていた青峰が思わず突っ込む。クソチビ、と小突く青峰の脇腹に手刀を叩き込むなまえに、さつきは声をあげて笑い、小競り合いを始めるなまえと青峰に桃井母が怒鳴り声をあげた。




桃井なまえは、それはもうとんでもないくらいの悪ガキだった。
人を傷つけるような真似はしないものの、幼なじみで兄貴分の青峰大輝に倣ってありとあらゆる悪事に手を染めた。といっても子供のやることであるから、公園の立ち入り禁止の場所に入ったり、近所の家の木から実を無断で盗ったり、勝手に庭に侵入して犬を可愛がったり、毛虫を投げつけたり、まあ可愛いものではあったのだが。

青峰の母親となまえの母親がご近所に謝罪に行き、拳骨を食らっても青峰もなまえもそれらの行為を止めなかった。怒られちゃうよ、と半泣きになりながらついていくさつきを邪魔そうにしながら、二人は相変わらず小さな悪事を楽しんだ。
悪いことをするのが怖いさつきが母親に泣きつき、二人の悪事がバレてしまうのは毎度のことで。二人はさつきがついてくるのを嫌がったけれど、決して仲間外れにはしなかった。

青峰が悪ガキを卒業したのは、ストバスを始めたからだった。町中を遊び尽くし、若干のつまらなさを感じていた青峰にとって、バスケットは新しく得たおもちゃのようなものだ。
小学校が終わるとすぐにストバスのコートへと走っていく青峰に、さつきもお目付役としてついていった。毎日青峰に追いつくのに必死だったさつきは、弟のなまえと帰ることもなくなり、一緒にいる時間はぐんと減った。そのことに気づいたのは、ずっとずっとあとのことだ。

悪ガキを体現したような子供だったなまえは、いつのまにか、無口な子供に変わってしまっていた。小学生にとって、一学年の差は大きい。さつきの学年となまえの学年は校舎さえ違ったので、小学校でなまえがどんな風に過ごしているのか全くわからなかった。以前ならば遊びに行こうと誘いに行った青峰も、大人たちとするバスケが楽しすぎて、なまえのことなど頭から抜け落ちているらしかった。

「なまえくん、おねえちゃんといっしょに、だいちゃんのバスケみにいかない?」

そう誘っても、なまえは口をへの字に曲げて、不機嫌そうな顔で拒否してくる。しつこく誘ううちに嫌そうな顔で拒絶されて、さつきはどうしたらいいのかわからなくて途方にくれてしまった。
あとから母親に聞けば、クラスのガキ大将と喧嘩をしてしまって、クラス内で浮いてしまっていたらしい。青峰にもさつきにもつれなくされたなまえがさつきを拒絶したのは、きっと仕方のないことだった。

なまえに拒絶されて怯んださつきだったが、決して諦めはしなかった。バスケットに興味がないなら、他のことで会話を増やした。家にいるうちはなるべく居間にいるように、という両親の方針のお陰で、完全に疎遠になることはなかったのは幸いだった。
テレビを観ながら、ポツポツと下らない会話を交わす。どれだけつれない会話でもよかった。たまに吐き出される暴言に泣きそうになりながら、それでもさつきは安心した。お喋りしてくれるくらいには、嫌われてはいないのだ。

青峰の母親からお目付役を頼まれたさつきが、青峰の隣にいるのは当然のことだった。同級生と喧嘩腰で喋る青峰を諫め、夜遅くまでストバスコートを離れない青峰を諫め、とりあえずひたすら諫めていた。高学年になるにつれ青峰の身長は小学校離れしていって、高すぎる身長に怯まず叱ったり諫めたりする存在はさつきしかいなかったのだ。
小学生といえど、女の子は女の子だ。身長が高くて一応イケメンの部類に入るらしい青峰はそれなりに人気で、それなりに好かれてもいた。そんな女の子たちにとって、さつきは邪魔でしかない。いじめが起きたのは、青峰の身長に周りが慣れ、青峰の笑顔は増えたあたりだった。

幼いということは、それだけ分別もなく、残酷だ。
いじめられている、なんて誰にも相談できなかったさつきが、校庭の掃除の時に水を掛けられてびしょ濡れの服を着替えて帰ってきた、あの日。なまえの変化を、さつきはよく覚えている。
心配する青峰にストバスに行くように勧めて、独りで帰った。自分が惨めで堪らなくて、泣きたくなんかないのに涙が出そうで、寒さのせいか泣きそうだからか、鼻がツンと痛くて、目頭も熱くて痛かった。それでもなんとか泣かずに帰宅して、母親に嘘を混ぜた事情を話してる間に、なまえは帰ってきた。

「――――――だれ」

固い声だった。どれだけつれなくても、暴言を口にしても、こんななまえの声は聞いたことがないくらい、怖い声だった。
びくりと体が震えた。さつきがした説明を、母親がなまえに説明する。それをなまえは嘘だと一蹴した。

「姉ちゃん、だれにやられたの」

熱を孕んだ瞳だった。そこでようやく、なまえがこれ以上ないくらいに怒っているのだと気づいた。
なまえが怒っていることに対しての驚愕と、いじめられている自分を、なまえはもっと嫌うんじゃないかという恐れ。言葉に出来ず、強い視線から逃げるように視線を逸らすさつきの横にランドセルを投げ捨て、入ってきたばかりの玄関へと踵を返した。

「なまえ、どこに行くの」

「……大ちゃんとこ。ストバスコートにいるんだろ」

母親の問いに答えて、なまえは駆け出した。どうしてなまえが怒っているのか、幼いさつきにはわからなかった。
日が暮れてから帰ってきたなまえは、さつきを無言でじっと見つめると、何も言わず自室に下がった。晩御飯も食べずに寝てしまったらしいなまえは、朝起きるともう学校に行ってしまっていて、さつきは肩を落とした。
一緒に学校に行くため、迎えに行った青峰の唇が切れ、頬がわずかながら腫れていることに気づいたさつきは驚きに声をなくした。ぱくぱくと口を開閉させるさつきに、青峰は決まり悪そうに告げた。

「気にすんな」

「きっ、きっ、気にすんなって」

「俺が悪いから悪い」

「……大ちゃん、国語もっと頑張りなよ、わかんないよ」

「うるせえ!」

もしかして、そのことほっぺたはなまえくんのせいなの?
訊きたくても、訊けなかった。そんな空気じゃなくなってしまったし、訊くのが怖くもあった。いじめられていることなんか、原因である青峰だからこそ、知られたくなかったから。
さつきはこの時、なまえがその事実に気づいてしまったことを理解していた。昨日、ストバスコートでどんな会話がされたのか、さつきにはわからない。交わされた会話と、殴られた頬に、青峰ももう気づいてしまっているのかもしれない。だけどそれを確認する勇気は、さつきにはなかった。

学校について、またいじめられたらどうしようと震える腕をなんとか抑えつけて教室の扉をくぐれば、水浸しだった。唖然とするさつきの耳に入ってきたのは、、いじめの主犯格がびしょ濡れで泣きながら家に帰ったというニュース。
いつも一緒に登校するなまえがすでにいなかった事実に、さつきは顔を青ざめさせた。もしかしてと口にする前に、青峰がさつきの肩をポンと叩いた。

「お前は気にすんな」

その日のうちに、さつきの母親が呼び出された。ひたすら教師に頭を下げる母親の隣で、なまえは言い訳もせず、むっつりと黙り込んだままだった。母親から拳骨を食らっても、涙ひとつ流さなかった。

その日から、さつきへのいじめはなくなった。
あいつはツンデレでシスコンなのだという青峰の言葉を、さつきはようやく実感したのだった。




「来年はなまえくんも帝光中生かあ、きっと制服似合うよ」

デザートの後の紅茶をいただきながら、さつきはしみじみと呟いた。

「はっ、どうだか」

「どこぞのガングロよりは似合う自信あるよ」

「はあ? テメ、喧嘩売ってんのか」

「先に売ってきたのはそっち。文句言うならさっき食ったもんの代金払えよ」

「誰が払うか。払うくらいなら吐いてやんよ」

「どうぞ? 吐けよ」

「テメェ……」

「なまえ! 大ちゃん! いい加減にしなさい!」

懲りない二人に落ちた拳骨のあとも、お互い小さな声で罵り合っている。相変わらず仲がいいと、さつきは笑った。
こんな風にまた三人仲良くなったのは、さつきが帝光中に受験した時からだ。受からなかったらどうしよう、と夜中こっそり泣いていたさつきに、なまえは甘すぎるホットココアを差し出して真面目な顔で言った。姉ちゃんは受かるよ、と。

「こんな夜中まで勉強して、面接の練習もしっかりして、頑張ってる姉ちゃんが受からない訳ないよ。おれは姉ちゃんに嘘ついたり意地悪したりいろいろ馬鹿やったけど、これだけは信じて。姉ちゃんは、絶対、受かるよ」

そうしてなまえの言葉通りに帝光中に受かって喜ぶさつきに、だから言っただろ、となまえは笑った。あれ以来、なまえの態度はゆっくりとだが変わっていったし、雰囲気が柔らかくなった。さつきに嘘もつかなければ、意地悪をしてくることもない。
なまえは変わった。変わったというより、戻った、の方が正しいのかもしれない。悪ガキの度合いはあの頃より小さいけれど、笑い方も、憎まれ口も、あの頃と変わらない。ただ、さつきに優しくなっただけだ。
そのことを中学からの帰宅中、青峰に言えば、酢でも飲んだような顔でまじまじと見られた。

「お前、まじで言ってんの?」

「何が?」

「俺はどんだけなまえと馬鹿やっても、お前のスカートだけはめくれなかった」

小学生になる前と、なったばかりの頃。スカートめくりの帝王と罵られた過去を持つ青峰は、しみじみと告げた。

「小学生にあがってからもそれは変わんなかったっつの」

言われた事実をすぐには理解できなくて、思わず立ち止まってしまったのはつい最近のことだ。
きっとさつきの知らないうちに、守られている。ずっとずっと昔から、小さい弟に、さつきは守られていたのだ。
そのことがたまらなく嬉しくて、なまえのお姉ちゃんになれてよかったと、さつきは思うのだ。

「なまえくん」

「いって! 大ちゃんのアホ! 何、姉ちゃん!」

「ずっとそのままでいてね」

「? うん」

訳も解っていないだろうに、素直に頷くなまえにさつきは笑みを深めた。
いつかなまえにだって好きなコができて、さつきよりそのこを守ることになるんだろう。それはとても喜ばしいことだけど、同じくらい寂しい。

だから、もう少し。もう少しだけ、わたしのなまえくんでいてね。

ツンデレでシスコンだというなまえに好きなコがまだできませんようにと、さつきはこっそり願ったのだった。




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