言葉通りの、
『おいていかないで』
両親の棺の前で、私はその人に向けていった。離しまいとスーツの袖を掴んだまま大泣きしたのだ。
その人は私の台詞に目を丸めるも、すぐに笑顔に変わって私を抱き上げた。
『置いてくわけないだろ、大事な【家族】なんだから。たとえお前が必要としなくなっても、俺はお前のことを愛してるよ』
「ただいまー」
学校から帰宅し、玄関で靴を脱いで上がる。いつもなら家で仕事している叔父が顔を出すのだが、なぜか今日はなぜか叔父が姿を現す気配を見せない。
不思議に思い、リビングへと足を運ぶ。すると、そこには書斎にいるはずの叔父がソファで寝転んでいた。
「おじさま?」
声をかけてみるも反応が返ってこない。もしやと近づいて顔をのぞきこむと穏やかな寝息を立ててうたた寝をしていたのだ。
人がいないからと仕事をここでやってそのまま眠ってしまったのかもしれない。これでは風邪を引いてしまう。しかし、叔父の心配をしながらもその場から動くことができなかった。叔父を起こさぬよう、ゆっくりと近づく。よほど深い眠りに入っているらしく、一向に起きようとしない。
「おじさま」
叔父が寝ているソファの前に座ってソファに寄りかかる。呼吸をするたびに胸が緩やかに上下に動く。
その動作を見守りながらゆっくりと叔父の腹の上に頭を預けた。叔父はそれでも目が醒めることはなかった。
この家には私と叔父しかいない。私の両親はずっと昔に交通事故で亡くなった。葬式で誰も引き取るのを押しつけ合う、そんな場所に現れたの母の弟である叔父であった。
叔父はまだ二十代後半で結婚もしていなかった。そんな若い叔父を誰もが反対したが、叔父はその意見をまったく聞かず独断で私を引き取ることを決めた。
『今日から、俺が君の家族だよ』
私と視線を合わせるようにしゃがんで微笑んだ叔父。
誰も私を引き取ることを嫌がったのに、叔父だけは私に手をさしのべてくれた。それが嬉しくて、でも同時にそれがもう両親がいない証でもあった。そのときになってやっと自覚してしまい、私は堪えきれず泣き出してしまう。
『おいていかないで』
気がつけば、叔父に向けて口にしていた。
いかないで、一人にしないで、私を置いていかないで。そんな思いで吐き出された言葉を、叔父は驚いてみせたが、すぐに笑って私を抱き上げた。
『置いてくわけないだろ、大事な【家族】なんだから。たとえお前が必要としなくなっても、俺はお前のことを愛してるよ』
その言葉通り、私が成長してもなお、叔父は私の傍にいてくれている。
「んっ・・・・・・」
物思いに耽っていたら叔父が呻いた。とっさに叔父から体を離す。その動きで完全に醒めてしまったのか、叔父の瞼がゆっくりと開いた。
「さよ、こ?」
いまだ覚醒しきれてない意識の中、焦点の合わない瞳が自分をとらえる。触れようとさまよう手を自ら伸ばして握り占めた。
「おはようございますおじ様」
笑顔を作っていえば、叔父はスイッチが入ったかのように焦点が戻っていく。そして、自分の状況に気がつき申し訳なさそうに目を伏せた。
「悪い、帰ってたのか」
「ううん、いま帰ってきたところよ」
「そうか、おかえり」
眠気眼を擦って、空いている手で自分の頭を撫でる。
髪を乱れるくらいに動かすから文句をいうけど叔父は聞く耳持たず笑って続けた。でも、叔父の他の男の人よりも長い指に触れられるのは嫌いではない。否、大好きであった。指を通して感じる温度が、私の心を僅かに軋ませる。
「おじさま」
「ん?」
呼べば首を傾げて私を見る。叔父の瞳に私が、私だけが映る。それがたまらなく嬉しくて、頭に浮かんだ言葉を唇が勝手に動いた。
「大好き」
もう数え切れないほど伝えた言葉を叔父に伝える。何十回、何百回と伝えてきた言葉は飽きるどころかどんどん胸の内に積もっていく。
叔父は私の突然の告白に叔父は慣れて来たのか驚く様子を見せなかった。代わりに気まずそうに視線を逸らし、照れくさそうに頬をかく。そして、彼は予想通りの言葉を口にする。
「俺も好きだぞ。たくっ、お前その言葉もっと同世代の男にいえよ。四十近くのおっさんにいったってロマンスなんて起こらないぞ」
呆れた様子で軽く頭を叩く。しかし、突き放した言動とは裏腹に叔父はとても嬉しそうであった。年齢よりも幼くさせる表情に失礼ながらもかわいいとおもってしまった。
しかし、想像通りの言葉が返ってきたというのに私の心は浮かれるどころか深く沈み込んでいく。
(だってこの人の言葉はあのときと同じなんだもの)
『置いてくわけないだろ、大事な【家族】なんだから。たとえお前が必要としなくなっても、俺はお前のことを愛してるよ』
この人はあの言葉通り、私たちのそばにいてくれる。
この人はあの言葉通り、私たちを愛してくれる。
この人は、いつだって言葉通りの愛をくれる。
(でもね、私がほしいのはそれじゃない)
言葉通りの愛なんて、私はいらないの。
「・・・・・・ 」
無意識に動いた唇。吐息だけだったはずなのに、握っていた叔父の手に力が籠もる。
「いまなにかいったか?」
声にならなかったはずなのに、まさか反応が返ってくると思わなかった。戸惑いで言葉を詰まらせる。叔父の疑いの目が自分に向けられる。焦る思いを叔父に悟られぬよう、すぐに首を横に振って笑顔を作った。
「ううん、なんでもないわ。それよりも夕飯を作るわね」
叔父の視線から逃れようと後ろ髪引かれる思いで握っていた手を外した。叔父はそれ以上なにもいわず、わかったとだけいって身体を起こす。
触れ合っていた手が、まるで火傷のように熱が籠っている気がした。
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