部誌2 | ナノ


言葉通りの、



墓前に手向けた花が風にさざめき、いくつかの花弁が千切れて舞い上がる。
自分の摘んだものがざわざわと揺れる様を見つめながら、同じようになまえの心も揺らいでいた。
数えで四つになる少女は未だ死を永遠の別れとは理解できずにいたが、周囲の様子から会えなくなる人が増えたという感触は受け取っていた。
それは悲しいことだと思う。悲しい時は涙が零れるものだと思う。
けれど父を初め誰一人として涙しない様も、幼いながらなまえは知っていた。
他所の里もそうなのだろうか。他所の忍びの者たちも、総じて涙しないものなのだろうか。
忍びとは心に刃と書く。一度は熱に打たれ象られた物だ。決して冷たい訳ではない。だが……。
小さな胸にぐるぐると渦巻く問い掛けを抱き、なまえは両の拳をぎゅっと握りしめた。

「なまえちゃん」

呼ばれ、振り返ればそこには父の友人である雑渡昆奈門の姿があった。
時折なまえの住家にやってきては彼女の父と飲み語らっていく彼は、見知ったなまえに対してにこやかに笑み、手をひらひらと振っている。
僅かに迷う素振りを見せながら、なまえは彼の傍へと歩み寄った。
昆奈門はタソガレドキ忍者隊の一翼を担う狼隊の小頭だ。同じ小頭とはいえ別部隊を束ねる父とは物事の捉え方も違うだろう。
家では聴かされないような話も、あるいは答えを得られるかもしれない。
なまえは昆奈門に向かって口を開き、そして何を発するでもなくぱくぱくと何度か開閉を続け、結局黙り込んでしまった。
疑問は確かに有るが、どう切り出し紡げばいいのかが分からなかった。

「お池の鯉さんみたいだね、なまえちゃん。それに随分と濡れている」

昆奈門はなまえの視線の高さに合わせるよう屈み込み、少女の双眸の眦を親指でぐいと拭った。
しかし後から後から溢れる涙の雫に困ったね、さてどうしようかと首を傾げる。
仕方なしに頬でも軽くつまめばいいのかしらと過ぎったその時、なまえが思い切った風に告げた。

「とまらないの」
「おめめ、痛いの?」
「ううん。いたいのは、ぎゅってなるのは、奥のほう。あのね、もう会えないんだって」

奥と言って自身の胸に手を当て、もう会えないとして今朝方できた墓を指差すなまえ。
少女の心と逝ってしまった者と。二人の距離はあまりにも近く、だからこそこんなにも早く切り離されては残された側が惑うも当然。
なまえの目には相変わらず涙が溢れ、揺らぐ視界で昆奈門を見つめていた。
少女の父が真の忍びであると昆奈門は知っている。文字通り心に刃を据え、不要な感傷を切り捨てることで強さを得た。
その教えを娘であるなまえにも継がせているのだろう。しかし父の与えた刃は今の少女にとってあまりに巨大すぎた。
このまま捨て置けば幼すぎるなまえは己の持つ刃で自身を傷つけることになる。
昔馴染みの友人の教えとは些か反する物があるだろうが、いずれタソガレドキを守護していく者を失う訳にはいかない。
梳けばさらさらと音を立てる母親譲りの黒髪を撫で、昆奈門はなまえにひとつの助言を呈した。

「なまえちゃん、君にとっての忍びとは何?」
「こころに、やいばをもつことです」
「でも抜身の刀を手にしたらおててが痛いよね」
「いたい……。おとうさんも?」
「そうだね。今でこそ強いけれど、君のお父上だって頑丈になるまで随分と手間取ったものだ。だからなまえちゃんくらいの子は、まだ鞘に仕舞って少しずつ慣らさないと」
「さや……?」
「うん。大人連中だって実際の刀は鞘に入れてるでしょ?それと同じ。立派な忍びになろうと心がけるのは素敵だけど、焦るのは頂けないな」

俯き、小さな手を凝視しながら「さや」と口の中で転がし吟味するなまえ。
少女なりに昆奈門の言葉を解し呑み込んだ途端、心の在り様がどっと押し寄せなまえは堪らず声を上げた。

「こんなもんさん……わたし、おかあさんには、やいばをむけられません」
「うん」
「こんなもんさん、わたし、かなしいです」
「うん」
「こんなもんさん、わたし、わたし……わたしは、もっとおかあさんといっしょに、いたかったです――!」
「うん……寂しくなるね」

風が鳴り、墓前の花がまたひとつ散っていく。
なまえは嗚咽の中、もっと強くなろうと自身の刃に誓った。
父の助けとなれるよう、昆奈門の助けとなれるよう。今はまだ鞘に納めたままの揮いきれない力を使いこなして。
なまえの目は未だ濡れ、しかし思い浮かべた言葉通りの覚悟が小さな焔となって燃えていた。




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