部誌21 | ナノ


硝煙の匂い



滝夜叉丸には、気になる人がいる。
名前をみょうじという男だ。

彼との出会いは、忍務に必要なものを買いに街に出た時だった。
女装用の白粉や、新しい紅なんかを物色していた時、自分の皆麗しい姿に目が眩んだ何処ぞの男が声をかけてきた。
いつもは軽くあしらうのだが、その時はなんだか暇つぶしに相手したくなり、男に目当ての化粧を買ってもらった。
買い物も済み、どうやって男の機嫌を損ねつつ、その場を去ろうかと思った時、初めて男に連れがいたことに気づいた。
どうやら貢いでくれた男は育ちのいい家柄のようで、護衛について来ていたのがみょうじなまえだったのだ。

「若。女と遊びたいのであれば、花街でもいきましょう。」

静かだが、耳によく届く声だった。
声を聞くまで、男が一人だと思ったし、気配も感じなかったので、#family#の存在に正直驚いた。
卵とはいえ、忍びの端くれである自分に気取られない立ち回りに、同業者だと思った。
しかし、腰に下げてる刀と風格から、戸部先生と同じ匂いを感じ、彼が侍であることに気づく。
少し痛んで癖のある黒の髪は、無骨に結い上げられており、ところどころほつれている。
薄い唇に、少し垂れた眉。目はどちらかというと切長で、私には及ばないが整った顔立ちだと思った。

「しかし、お茶だけでも。なぁ?」

男の声に、はっとする。
自分より高い位置にある彼の顔を、じいっと眺めていた自分に驚愕した。
自分以外の人間のことを、まじまじと見ていた?この私が?
若と呼ばれた男がちらちらと私の顔をみて、様子を伺っている。
私は困ったように笑って答えた。

「若と呼ばれるような大層なお方と存じませんで…、ただの町娘である私めなぞ、つまらないでしょう。買って頂いたものは、お返しいたしますわ。どうぞ、もっとあなた様に合う素敵な方へお贈りくださいませ。」
「いやいや!それは其方が似合うと思って贈ったのだ。其方が使わぬと意味がない。それに私は、そんな立派な家柄では…」
「若。相手が困っております。いい男は、去り際にごたごた言わないもんです。」
「いや、しかし。#family#が変なこというもんだから。」
「人のせいにしないでください。実際、あんたにはあわないですよ。」

名残惜しそうな男の肩を押して、その場を立ち去ろうとするみょうじは、人混みに消える前にちらりと私の方を見て、耳によく届くあの声でこう言った。

「じゃあな、お坊ちゃん。」






何故私が男だと分かったのか、いくら考えても検討がつかなかった。
女装は完璧だったし、仕草や立ち回りも勿論完璧。
彼が気づいたこともそうだが、何故かあのみょうじという男のことをはっきりと覚えてることも私を困惑させる理由だった。
貢いでくれた男の顔なんて、一日も経たずに忘れてしまったのに、あの男の顔と、声をよく覚えている。
自分の容姿を鏡で確認するたびにふと、今の私の姿をあの男は気づくのだろうか、と考えている。
そして何故そんなことを気にするのだ、と思い戸惑うのだ。

そうやって日々を過ごし、季節がひとつ過ぎた頃。
男のことを少しずつ思い出さなくなったある日。
私たちはまた出会った。

忍務で、戦場視察をしていた。
4年全員でそれぞれ散り、戦況と、用いられてる武具の確認。戦術の勉強に、勝敗の予想など。
高台から全体を眺めたりもするが、私は一兵士の格好をして、戦場へともぐりこんだ。
あまり戦うのは目立ってしまうので、救護班のふりをして立ち回っていた。
あちこちで聞こえる怒号や、悲鳴。痛みに泣くものもあれば、苦しみから解放されたいと懇願するものもいた。

「地獄だ。」

初めて、戦場視察をしたタカ丸さんの青白い顔と、震える声を思い出す。
そう、地獄だ。
お偉い人の願望を満たすため、下々は命をかけて戦う。
生きたい、死にたくない、勝ちたい、負けたくない。
己の命を守るため、誰かの命を奪う。
奪われた命を取り返そうと誰かは恨み、命を踏み台にして得た己の命は、いつか誰かに刈り取られる。
終わりのない、地獄だ。

「それでも、忍びになるんでしょ。」

冷めたように。割り切ったように。言い聞かせるように。
喜八郎は言っていた。
それは私にも響く、美しい覚悟の言葉だった。


そんな地獄を駆け回り、とある輩から襲われた時だった。
振り下ろされる刀に、死体から奪った刀で受け止める。
その時、私を襲った輩の背後にぎらりと鈍く光るものがあり、瞬きする間に、それは輩の背中を斬りつけていた。
悲鳴と共に崩れ落ちる輩の背中に、ぐさり。
斬りつけていた刀を深々と突き刺された奴は、血を吐き、事切れた。
私が手出しすることなく終わった命のやりとりに、頭がまだ処理しきれずにいる。

「大丈夫か、しっかりしろ。」

ぼんやりと骸をみていた私の目の前に差し出された手。
手から腕、腕から顔へと視線をずらし、顔を視認した途端、息を呑んだ。
#family#だった。
私が変装のためにきている兵士と同じ、三旗をつけ、ところどころ血と泥に汚れているが、何度も思い出していた顔がそこにはあった。

「来い。」

いつまでも手を取らない私に痺れを切らしたみょうじは、私の腕を掴み走り出した。
あちこちで、悲鳴がきこえる。
血と泥と、吐物と、人が焼ける匂い。
遠くで大砲や鉄砲の音がする。
三木エ門の好きな硝煙の香りも、鼻をつく。
地獄に相応しいそれらが取り巻く環境で、私は#family#の背後姿がとても力強く、神々しくさえみえていた。
転がる死体を踏み越えて、無遠慮に引っ張る彼に必死についていく。
しばらくついていくと、彼は突然腕を離した。
急に離された温もりに、寂しさを感じる。

「ぼんやりしてると死ぬぞ。幾つだが知らんが、命を捨てるにはまだ早い。さっさといけ。」

周りを警戒しながら、私の背中を押し、立ち去るように促す。
追いやられた方にいけば、彼の自陣営があったはずだ。

「ほら、行け!」
「ま、まて。#family#さん。」

戦場に戻ろうとする彼を思わず呼び止める。

「なんだ。君は何故名前を知ってる。」
「その、私は…」
「いや、そんなこといい。急ぎの用か?」

訝しげに私を見つめる彼にしどろもどろになっていると、彼は苛立ちはじめた。

「早くしろ。」
「っ助かり、ました。ありがとうございます。」

何かを言わねばと、気持ちばかり焦り、結局口をついてでたのは感謝の言葉だった。
みょうじはきょとんとした後、少し口元を緩ませこう言ってから、戦場へと駆け戻っていった。

「じゃあな、お坊ちゃん。」

あの時と同じ台詞を吐き、颯爽と駆けていく背中を見送る。
少し痛んで癖のある黒髪は、戦場の激しさであの時よりもぼさぼさに結い上げられており、走る振動に合わせて揺れていた。
私なんかよりも、断然劣っていて、タカ丸さんが見れば発狂間違いないそれは、なぜか日の光で輝いているように見えた。

「こんなとこにいた。忍務終了だって。」

背後姿が見えなくなった後もしばらくその場を動かずにいると、草陰から喜八郎が姿をみせた。
泥に汚れた格好をしているが、飄々とした姿に、無事であることが伺えて、少しほっとする。

「滝夜叉丸?どうしたの?」
「なんでも、ない。」

惚けている私を訝しげに見つめる視線から逃げるように、戦場を後にする。
集合場所に向かう間も、考えるのはみょうじのことだった。

(何故こんなにも、心に残るのだろう。)

わかるのに、わからないようなくすぐったい感覚がずっと消えない。
別れ際に言われた言葉がずっと耳にから離れない。

「次会う時は、名を呼んでほしいな。」

誰に届くでもなく、自然と溢れた言葉は、甘い響きを含んでおり、地獄帰りの重たい気持ちを軽くする魔法の言葉だった。



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