部誌20 | ナノ


花占いの蓋然性



子供の頃は純粋だった。
好き、嫌い、好き、とか当たる、当たらない、当たる、とか二つの選択肢のうちどちらになるかを花占いで占ってたもんだ。
でも大人になったら、花びらの数で結果は決まることを知ってしまった。調べれば持ってる花の花びらの数を調べることができると知ってしまった。好きでスタートするか、嫌いでスタートするかで結末は自分で選べることがわかってしまった。
花占いは占いじゃなく、自分の背中を押すためのものになってしまった。

「まあそもそも花びらの数知ってなきゃそれも意味ないんだけどな」

未知の世界の未知の花の花びらは何枚あるかもわからない。綺麗なピンクの花びらを一枚摘んではちぎっていく。いやほんと何枚あるんだ? 百枚くらいない?

「花占いなんて可愛いことしてんじゃねえか! 恋してんのか青少年!」

「酔っ払いうっざ……」

海賊ってのはなんでこうも毎晩毎晩宴会するんだ? 肝機能まじでどうなってんのかわからねえな。
酒くせえ息をぶっかけて肩を抱いてくるのはシャンクス。この船の船長だ。赤い髪に目元に三本の傷、隻腕、なのに無茶苦茶強い。流石大手の海賊団の船長……なんで海賊団なのに団長じゃなくて船長なのかもわからん。まあテッペン取ってるってこった。
シャンクスのことは、よくわからない。よくオレみたいな変なやつを船に置いてくれてるよな。普通なら海にぶん投げられてもおかしくない。

そもそもの話、なんでオレがこんな立派な船に乗せてもらってんだって話だけども。
確かオレは、家で愛犬をもふりながら惰眠を貪ってたはずなんだよな。バイトも休みで、久々に黒柴のコータローと目一杯遊んだあと疲れて昼寝して起きたら青空から落ちてたんだよ……意味がわからねえ……。
はじめは夢かと思った。そりゃそうだ、だってちょっと前まで家で寝てたんだもんよ。でも頬を切る風とか、一面に見えてる海とか、浮いてる船とか、臨場感が尋常じゃなくて夢じゃないのかもと思って、そんで海に落ちて溺れてるところを赤髪海賊団のみんなに助けてもらったのだ。
空島の人間かどうか疑われたし、服を剥かれて背中を確かめられたが、羽なんか生えてるわけがない。じゃないと海に落ちねえよって言ったら笑われたっけ。

見覚えがないと言ったら嘘になる。世界的に売れた漫画だったんだ、嫌でも目に入ってくる。それでも天邪鬼発揮して原作を履修してなかったオレは、この世界がどうなるのか、誰がどういう関係なのか、まじで全く知らない。麦わら海賊団、サンジとかナミくらいまでしか知らない。ウソップでギリ。だからほぼ知らないようなもんなんだよな。シャンクスの存在もふわふわしてる。隻腕だったっけって驚いたくらいだ。
だから、なんだか変な感じだ。漫画の中より、現実の方がしっかりシャンクスを、赤髪海賊団のみんなのことを身近に感じてるし、詳しいし。
シャンクスたちには、オレがこの世界を知ってて、もしかしたら未来も知ってるってことは言ってない。だって原作履修してねえんだもん、知らないのとおんなじ。しかも主人公の周囲のちょこっとばかりしか知らないから、シャンクスに直接関わりなんてないしな。

「何を占ってたんだ?」

恋してんのか、なんて言ってたくせに、シャンクスは木製のジョッキを傾けながら問いかけてくる。潮風が鬱陶しい。シャワー浴びてえけど浴びても結局はまたベタつくんだよな。だってここは海の上で、船の上で、陸なんて遥か向こうだ。
占い、占いねえ。オレは何を占ってたんだろうな。無心で花びらちぎってたとか、めちゃくちゃ心病んでる感じでウケる。
占いたいことなんて山とある。答えのない疑問ばっかりだもんな。

どうしてオレはここにいるんだろうって問いかけに答えなんてない。オレは帰れるのかなって問いかけに、答えをくれるやつなんていない。
花びらを一つ摘んでは引きちぎる。帰れる、帰れない、帰れる。見知らぬ花はオレの行く末の答えをくれるんだろうか。帰れる、帰れない、帰れる。オレのコータローは、オレのことを待ってくれてるかな。父さん、母さん、馬鹿ばっかやってたダチ共。オレのこと、覚えてくれてる?
考えれば考えるほど涙が出そうになる。帰りたいけど、帰れないんだ。オレがこの世界に落ちてきたのは突然で、どうしてここに落ちてきたのかわからない。帰り方なんてわかるわけがなくて。
夜、船の上で波を感じながらいつも考えてる。帰りたいなぁ、帰れないなぁって、ずっとずっと元の世界のことを考えてる。

「泣くな泣くな。男だろ!」

「泣いてねーから」

泣くのは飽きた。毎日毎日泣いてたらそりゃ飽きるよな。朝になるたび目を腫らして顔を出すオレに、船のみんなは何も言わなかった。優しい男たちばっかだよほんと。ありがたいったらないね。
そう、優しいんだよ。いきなり空から落ちてきた得体の知れないポッと出のクソガキに対して優しいんだ、みんな。溺れてたとこを助けてくれたり、クソ弱くて役立たずのオレを船に乗せてくれたり。こんなよくわかんねえガキ、そこらへんの島に置いてったってよかったのに。何故か今も船に乗せてくれてる。

いつか、帰る方法がわかるかもしれない。わからないかもしれない。花占いで占ったって、当たるかどうかなんてわかったもんじゃない。それでも万が一の可能性に縋って、オレはこうしてシャンクスの船に乗せてもらってる。
島に降りた方が安全だろう。でも島に降り立って、帰る方法が見つかるわけじゃない。ひとつの島にじっとしてたら、チャンスが巡ってくる確率はきっと下がる。だからシャンクスが降りろって言わない限り、オレは図々しく船に乗り続けるし、多分そのことをわかった上でシャンクスたちは受け入れてくれてる。

「シャンクス」

「ん? どうした、なまえ」

「……ありがと、な」

「何が?」

「んにゃ、言いたくなっただけ」

変なやつだな、なんて笑うシャンクスに、オレも笑いかけた。
帰れる、帰れない、帰れる。答えのない花占いに縋ってもどうしようもない。確率なんて低くても、それでも諦めたりなんかできない。帰るってことはシャンクスたちとの別れを意味してるけど、今はそんなことは考えずにいたかった。目的や希望を失えば、きっとオレの心は折れてしまう。
実際に帰る方法が見つかった時、オレはどうするんだろう。どっちを選ぶんだろう。陽気に笑うシャンクスの横顔を見ながら、ふと思った。答えなんか出るわけがない。だって今のオレにその選択肢すら与えられてないんだから。

いつのまにか手元にあった花はなくなってたけど、風にさらわれて海にでも落ちたんだろう。
それでいいと思った。まだ、選ぶ以前の段階だ。




「──今更。今更、帰すと思うか? このおれが。海賊は奪ってこそだろうが」

花は握り潰されて、海に捨てられた。
その事実を知るのは、捨てた本人と、副船長のベックマンくらいのものだった。





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