部誌20 | ナノ


花占いの蓋然性



どう考えても、ここに寝そべるべきではないとなまえにはわかる。
昨夜は雨だったから、青い草はかすかに湿気っているし、その下にあるのは手強そうな泥だ。あんなもので靴はまだしも、服を汚したくはない。
しかしながら、なまえの幼なじみはそうは感じないらしい。
太刀川慶はキャンパスの端の方の、あまり手入れが行き届いていない花壇のそばの、とりあえずという様子で刈られただけの草むらにクローバーを見つけて唐突に四つ葉のクローバー探しを始めてしまった。それだけならまだ、許容範囲内だったのだが、いい感じの天気だったことが災いしたのだろうか、あろうことか、いい大人のくせして、彼はまだしっとり濡れている草むらにごろりと横になってしまった。
彼が着ている白っぽいシャツがどんな色になってしまうのか、なまえは途方にくれながら彼の足元でぼうっと立っていた。
一応、太刀川慶となまえは幼なじみだ。一応とつくのは、なぜならなまえと彼の気が合うとはあまり思えないから。
昔から遊び方も違えば、食の好みも何から何まで違う。でも、彼はいつのまにかなまえの近くにいて、いつの間にかなまえは彼のすることなすことに巻き込まれている。
大学まで同じになってしまったのは、なまえにとって大きな誤算だった。地元の大学だとはいえ、太刀川の成績では到底入ることのない大学で、なまえははじめから家から通えるこの学校に行くことを決めていたから、なまえとしてはようやく、やっと、離れることができると思っていたのだ。
それがどうだろう。蓋を開けてみれば、太刀川慶はとんでもない枠で大学への入学を果たし、なぜか受けている講義があるところもぜんぜん違うはずなのに、いつの間にかやってきて、いつの間にか一緒に食事をしたりしている。
一種のホラーなのではないかと、思ってしまう。
彼には他にもたくさん仲間がいて、やることもあるはずなのにそんな感じなのだから、本当にホラーなのかもしれない。
そんな感じなのに、なまえがなんやかんやで彼に付き合っているのは、太刀川が、一緒に草むらに寝そべることをなまえにすすめたりはしないことも理由にあるかもしれない。
案の定、緑と茶色が入り混じったような絶妙なマーブルになった服を彼が寝返りをうったときに見てしまったなまえは口をへの字に曲げて、ため息を飲み込んだ。
「あ、花占いしよう」
唐突に太刀川はそんなことを言いながら多分、花壇だろう場所に植えている、無秩序に咲いている園芸花に手を伸ばしてぶちりと摘んだ。
あまりの無法に驚きながらなまえは、言いたいことをどうまとめるか考えて、それからやめた。
大学は変な人間が多いところではあるが、草むらに寝そべって花を摘んでいる人間はあまり多くはない。あまり人通りの多い場所ではないが、彼と親しいと思われること、彼を制御できる場所にいる人間だと思われることは避けたかった。もともとはそうしていたのだが、太刀川の無法はなまえの手におえないし、彼がなにか突飛なことをしたときになまえがそれを許可したと間接的に思われることがイヤでならなかったのだ。
「なまえもどう?」
太刀川によって摘まれた花がふわりと手渡される。
まさか、自分に振られるとは思っても見なかったなまえは目を見張って、それから戸惑った。
「……奇数」
「キスする?」
「は?」
なまえが何もついていけないまま、太刀川はなまえに渡そうとしたその花の花びらを猛然とむしり始める。
「する、」
馬鹿なのか、何とするんだ、何をするんだ。
わかりきった当たり前の答え以外のものが欲しくて、なまえはひげの生えた成人男性が可愛らしい占いを、可愛らしいと言うにはいささか、いささかよりももう少しがっつき気味にむしっていくのを呆然とながめた。
なまえが一目見ただけで、花弁が偶数なのか奇数なのかわかる程度には少なかった花びらはあっという間になくなってしまう。
当然のように、当然のごとく、花びらの数は奇数なので「する」という太刀川の言葉と一緒に最後の花びらがむしられた。
にやりと笑う太刀川の顔に、なまえが「やられた」と思った瞬間にはぐおん、と伸びてきた太刀川の手がなまえの腕をとらえたあとだった。
あたたかい土の匂いの中に、新鮮な緑の香りがする。彼がつけているコロンの名前をなまえは知っている。なまえの部屋には同じものがあって、なまえは、時々それを使う。
転んでなまえの服がめちゃくちゃになることはなくて、なまえの身体は太刀川に制御されて彼の胸の中に落ちた。
どうしてこんなことができるのか、多少運動が苦手ななまえには何もわからないまま、唇をかじられる。太刀川の唇は、先程食べた学食のミートソースの味がした。
「あまい」
それは、たぶん、デザートのフルーツポンチの味だろう。太刀川はどうやって怒ろうか考えるなまえを抱えて笑う。

たぶん、きっと。違う学校に通っていたとしても、なまえはいつの間にか彼のそばにいただろうと思うのは、こんなときだった。
少しばかり強引すぎるようで、なまえはそれが嫌いではないから、太刀川は遠慮はしないのだから。



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