部誌20 | ナノ


もういくつねると



ふんふんふん、と陽気な鼻歌に、隠岐は思わず首を傾げた。
隠岐の所属する生駒隊の隊長である生駒達人は、ご機嫌になるとよく鼻歌を歌う。表情筋が若干死んでいるので真顔ではあるが、その雰囲気と鼻歌でご機嫌さ加減が理解できるようになるのに時間はかからなかった。

「なんやえらいご機嫌ですねえ、イコさん」

「んー? せやなあ、ごっつ機嫌ええで」

うっすらと笑みを浮かべ、花でも散ってそうなくらい嬉しげな様子は、見てるこちらがほっこりするくらい幸せそうだった。これはよっぽどいいことがあったに違いない。
隊室にいた生駒以外の全員が視線を合わせる。若干のピンク色の空気に、南沢以外の勘のいい面子はピンと来た。

「ははーん、もしかして、本命ちゃんとなんやええことあったんです?」

「えっ!? なんでわかったん!?」

水上の一言に、生駒が飛び上がる。己の大事な恋人は誰にも見せたくないし囲い込みたいが自慢もしたいという性質を持つ生駒は、何かのタイミングがあれば惚気を口にするものだから、どれだけ溺愛しているのかわかるというものだ。その癖巧妙に情報を隠すものだから、誰も生駒の本命の名前も性別も年齢も把握できていない。

「わからんはずないやないですか……」

「そんなウッキウッキなイコさん、今まで本命ちゃん関わる時でしか見たことないもんな」

「すげえ! オレ全然わかんなかったっス!」

「まあ海はな……」

呆れ顔の面々に、生駒は思わず頬に手を当てていた。はずかし、なんて言ってはいるが、顔を赤らめている訳ではないのでポーカーフェイスは筋金入りだ。

「この浮かれっぷりはなんやろな」

「ちょっとやそっとの浮かれ方ちゃいますからねえ、電話来たとかそのレベルやないですよね」

水上と隠岐が推理を始めてしまったので、生駒はそっと後ろ向きで隊室の扉へと足を向けた。そのことに細井は気づいていたが、慈悲の心で見なかったことにして、推理に混じる。

「これはあれちゃう? 逢いにきてしまうんとちゃう?」

「逢瀬、やな……」

「ごめんちょっときしょい」

「ひどいこと言うなやマリオ……傷ついたわ」

「オレもちょっとキモいって思ったッス!」

えーん、なんて感情の籠っていない泣き真似をする水上に追い討ちをかけている南沢と、なかなかの混沌を極めている中、生駒はすっと音もなく隊室から出て行くのだった。



「あかんあかん、浮かれてんのバレバレやん」

小走りの勢いで生駒はボーダー内部を歩いていた。まだまだお楽しみは先のことだというのに、心が浮ついて仕方がない。
ようやく、ようやくなのだ。生駒が恋人と離れてこの三門の地に足をつけてどれだけ経っただろうか。一生に比べてわずかな時間でしかないというのに、この数年本当に長かった。
自分で決めたことだった。いずれ関東に進学するという恋人のために、先にこちらにきて足元を固める。そうして恋人がこちらにきた時に、戸惑うことがないようにしたかった。これから先を共に過ごすために、必要な判断だと思った。反対されても決意は変わらなかった。寂しいと泣かれても、それでも2人の未来のために必要な決断だったのだと、思っていた。
離れている時間は辛くて、自分の決断を後悔したこともあった。ボーダーという組織において、隊長という身分を得て、思っていたより自分の時間は取りづらかった。受験勉強の邪魔にならない程度の通話で、少なからず心は満たされたけれど、それでも。逢いたい気持ちは募るばかりだった。

しかし、そうした日々ももう終わる。嬉しくて浮ついて試験どころじゃなくなるからと、受験の時に逢うことはしなかった恋人は、無事に大学に合格し、新居を探すためにこちらにやってくるのだ。
逢えば何をしよう。どうしてくれよう。そんなたまらない気持ちばかりが募って、浮ついて仕方ない。

あと、もう少し。あと数日で、君に逢える。
そう思えば、夜も満足に寝られない。
もういくつ寝ると、君に出逢えるだろうか。



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