部誌20 | ナノ


もういくつねると



「──じ、─ある─主様。」

 不意に沈んでいた意識に、聞き慣れた声が触れて覚醒する。
 温かな布の感触、開いた視界は薄暗く焦点を合わせようと瞳を回すと気遣わしげに覗き込む前田の顔がぼんやりと見えた。

「ん…ごめ…寝てた?」

 体を起こせばふっくらとした掛け布団がずり落ちて、しっかりと布団に寝かされていたのだ気づく。

「ご心配なさらず、皆もそれぞれ休んでおりますので」

 形を崩した掛け布団を綺麗に二つ折りにしながら、前田は起き上がろうとする審神者に手を伸ばして床に座るのを手伝った。
 畳張りと障子の室内はまだ薄暗く、けれど照明なしでも真っ暗闇という訳でもない明るさがあり、朝が近いことが視覚的に分かる。
 本丸が本部と分断され早くも2ヶ月が経っていた、幸いにして蜘蛛の糸のような細さではあるが連絡用のホットラインは復旧出来た。
 自給自足型の本丸であることが良かったと実感する日がくるとは、と複雑な気持ちになりながらも食糧事情は安定している。
 散発的に本丸に直接敵襲があるが座標をランダムに切り替えているため、増援や連戦といったことはなんとか避けられている。
 しかし座標を固定出来ないために本部からの援軍や物資も望めず、現在は本丸自体の破壊と破棄が検討段階に入っていた。
 破棄した後に敵の拠点として使用されるのは避けなければならない、本決まりになれば住み慣れた我が家を空間ごと破壊して破棄しなければならないだろう。
 稀に見る奇襲の手段から防衛生存を2ヶ月も続けている審神者は、本部からすると絶対に生きたまま帰還させたい対象らしく、本部からの離脱に伴う援護と本丸解体後の保証は通信で聞くだけでも分厚い。
 予断を許さない状況ではあるが男士達の士気は総じて高く、彼らのおかげで致命的な被害は出ていないしこうして十分な睡眠を取ることも出来る。ありがたいことだ。
 まだ肌寒い空気に布団の上にかけていた上掛けを羽織ると、隣に座って控えた前田が両手で何かを差し出してきた。
 ふわりと、出汁のきいた良い香りが鼻孔を擽る。透き通った出汁に真っ白な丸い餅が二つ浮かんでいる。

「あけまして、おめでとうございます」

 その言葉に、へ、と思わず間抜けな声が唇から漏れる。
 出されるままに受け取った朱塗りのめでたそうな器はほんのりと温かい、ぐるりと首を回して室内の柱にかけてある暦を見て日数を数える。正月だ。

「あーーしまったぁもうそんな時期か。」

 それどころではないというのが自分達の現状だが、だからこそ祝ってやろうという反骨心のような気持ちも生まれようものなのだろう。
 例え均衡が崩れ明日をも知れない身だとしても、自分達の日常を奪われはしないと。
 審神者は手の中の椀を擦りながら苦笑いを漏らして前田に頭を、下げた。

「あけましておめでとう、これが終わったらみんなで酒盛りだな。」



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