部誌20 | ナノ


ホットワイン



「さっむ……」

冬ってどうしてこんなに突然訪れるんだろう。
あまりの寒さに首が竦む。念のためにと持ってきたマフラーはたった一枚でも体を暖めてくれるけど、それでもやっぱり寒かった。今日のジャケット選びは失敗だ。震えるくらいに寒い。風邪でも引いたらどうしてくれる。

「帰ったら速攻で風呂入ってあったまる……無理……」

ガチガチと歯が鳴る。もっと早めに帰ればよかった。
新しく作ったトリガーを試すために雷蔵に相手をしてもらったんだけど、久々に闘ったら楽しくて仕方がなかった。多分ずっと机の上であーだのこーだのやってたので、ストレスが溜まっていたのもあるかもしれない。欲しいデータも得られたし、スッキリしたと時計を振り返るととんでもない時間になっていた。
明日も講義があるのに全力で楽しんでしまった。晩ご飯も食べそびれているし、雷蔵にも悪いことをしてしまった。本人は気にしてなさそうだったけど、今度何か詫びの品を贈ろう。

「おれも本部に部屋もらおうかなあ」

今はボーダーとそう離れていないアパートに部屋を借りてるけど、こういう時とても不便だ。切り替えが苦手なので、住まいと職場が同じ場所だと任務中にぼーっとして失敗しそうだからと部屋を借りたけど、失敗だったかも。いやでもどうかな。ボーダーに住んでると終わりが見えなくていつまでも実験しそう。現に雷蔵は多分まだ自分の実験してる。明日あいつも同じ講義とってるはずだけど大丈夫なんかな。

動いてる方が体があったまる気がして、歩く速度を速める。けど余計に風を切ることになって寒さが増した気がして、ああもう一体どうしろってんだ。

「家についたら風呂沸いててあったかい飯があればいいのに……」

ありもしない夢のような願望が口から漏れる。悲しいことに、そんなことをしてくれそうなひとに心当たりはない。恋人はいないし、親がいる地元は遠い。スマホで風呂を沸かせる機能なんておれの住んでる部屋にはないしな。
寒さにか侘しさにか、洟を啜りながらようやくアパートに辿り着くと、おれの部屋に電気がついていた。カーテンから漏れる光に電気代やば、と焦りが生まれる。うっそだろ消し忘れか? それとも泥棒? いやまさかそんなことはないか。家賃もそこそこ安い物件で、泥棒が目をつけるような金目のものも置いてないし。

自室のある場所を見上げながら、泥棒だったらどうしようと悩んだけど、くしゃみが出たので普通に消し忘れだろと結論づけた。泥棒だったらブン殴ればいいだけだしな。ボーダーに所属してるお陰で、そこそこの体術を身につけられたのでありがたい。そこらの泥棒なんかボッコボコにできるわヘーキヘーキ。それよりおれは風呂に入りてえんだよ。
電気代? 知らん知らん。その分夜間の防衛任務入って稼げばいいだけだ。換装すると寒さや暑さに悩まされないから嬉しい。最高ありがとう鬼怒田さん。
ちょうど一階にあったエレベーターに乗り込んだらあっという間だ。室内は風が入り込まないからほっとする。まあうちのアパート、そこそこ古いからエレベーターに暖房なんかないけど……辛うじて冷房があるくらいだけど……。

ようやく辿り着いたそこそこ狭くて汚いおれの城のドアに鍵を差し込み回転させても、ガチャリと解錠の音はしなかった。思わず体が固まる。おっ……と? これは? まさかの? 泥棒さんですか?
開けた瞬間に刺されそうになったらどうすっかな。換装しといた方がいいかな、なんて考えながらドアノブを握り込んで静止していると、いきなりドアが開いた。外開きのドアに追いやられて体をのけぞらせると、そこには泥棒じゃなくて諏訪がいた。

「は? 諏訪? なんでいんの?」

「ああ? お前が来いって言ったんだろうが。鍵まで寄越してよぉ。なのになんでこんなに帰りが遅いんだ? 待ちくたびれたわ!」

あっれえ? そうだっけ?
思考を巡らせてもすぐに答えは出てこなかった。あー……なんかそういや、諏訪に大量にシリーズものの本貸してたんだっけ? クソ重い荷物持って帰るのめんどいから適当に部屋に入って置いといてって言った気がする……けど待ってろとは言ってないが?

「置いといてくれたらよかったんだけど……鍵はまた大学か本部で返してくれりゃあそれで……」

「お前は鬼か!? この! シリーズ読んだ! 俺の感想を聞けよ!」

「いや知らねえよ。面白いけど確かに」

「おう! 面白すぎて何周かしたし自分でも買ったわ!」

「そんなに?」

トリガー開発が忙しすぎて追いきれてないシリーズものなんだよな……ミステリー小説は好きだから買ってたけど、最近まじで集めてないし読んでない。諏訪が好きそうだからって貸したけど、こんなに刺さるとは思ってなかったわ。

「えー、別に感想聞くのはいいけど、腹減ったし風呂入りてえんだけど……」

「そういうと思って風呂沸かしてるし飯もテキトーに作った。味の保証はしねえ」

「マジ? 神すぎる。飯ってもしかしてチャーハン? おれお前の作るチャーハン好き」

「そうかよ」

諏訪の照れ顔ウケる。お前の褒めポとか誰得だよ、とは賢いおれは口に出さなかったけど、顔に出てたらしい。めちゃくちゃほっぺたつねられた。クッソいってえ。

「とりあえず、俺の感想を飯でも食いながら聞いてくれ」

そうして差し出されたのは、グリューワインだ。確かこれ、3巻あたりで主人公が飲んでたやつ。スパイスの入ったホットワイン。

「おっ前、まじ? すっげえハマってんじゃん」

「そう言ってんだろーが」

ケタケタ笑ってグリューワインを飲むと、体がポカポカあったまった。部屋に暖房も入ってるし、風呂は今すぐじゃなくてもいいな。まあ飯食ってワイン飲み終わるまでは諏訪の話を聞いてやろう。


結局話が盛り上がりすぎて寝坊して講義に遅刻したんだけど、楽しい夜だったので良しとすることにした。
おれって優しい。



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