部誌20 | ナノ


ホットワイン



ウィームの冬という季節は、特別に祝福の潤沢な美しい季節だ。もともと、潤沢な魔術と特別な美しさに恵まれた土地なのだが、特に、冬という季節は素晴らしい。
この土地の美しさを人外者たちが慈しんだからなのか、由来からしてそうなのか、はたまたどちらもそうなのか。なまえにはただ想像することしか出来ない。ともあれ、イブメリアという祝祭の中心にあるウィームが、それだけで特別でないはずはなく。この地をみたこともない子供までが知っている、変わらないおとぎ話の国がウィームだということは、ただただ事実だ。
そんなウィームだが、バベルクレアが明日にまで迫っているというのに、祝祭の気配はかけらもない。別段、特別なわけではないのだ。イブメリアが延期されることは、よくよくあることだ。しかし、明日にまで迫った段階で公式な発表がないというのは、少しばかりいつもと違うのかもしれない。
しかしまぁ、そういったことはないわけでもないし、祝祭の魔術がどうにも結ばれる気配がなさそうだということは、なんとなくわかるものでもあるから、なまえに、ふわっと予定に空きが突然発生したりなんてことが起こったりするのだ。
正式に延期が発表されたりすれば、またなまえのような浮いた魔術師にも仕事の依頼がどっさり回されるのだが、今はまだだ。
そんなわけで、魔術可動域高めの住人たちが「多分バベルクレアではないのだけれど」という気持ちを込めて飾り付けられた、どこかちぐはぐなウィームの街をなまえは散歩することにした。
足を運ぶ場所は決めてある。というより、かねてからの計画があった。この季節はなまえの“推し”の夫婦がとても好んでいる季節である。彼女の動向を記した会報は大変厚くなるし、知人からの情報量もぐっと増える。なまえには、そんな情報を精査して、自らその地に足を運び、今年の動向を予想して楽しむという趣味があった。どのホットワイン屋に寄ってどれを気に入り、どの記念品を買うか。リノアールで目をとめそうな品物を予測するのも良い。それが量産品で余裕がありそうであれば同じものを購入しておけば会報を読みながらより楽しめる。
彼らは、その重要な立ち位置や階位などに対して、損なわれやすさもバランスも、何かと難しいものだから、その動向を記した会報の扱いが難しくなるのも当然だ。人間の魔術師にすぎないなまえが、大多数の会員が人外者な会の会報を入手するには色々なハードルがあり、制約もあるが、なまえとしては概ね満足しているし、きっと人外者たちにもメリットがあることだと思っている。
ウィームで生まれウィームで育った生粋のウィーム民であるなまえだが、なまえはウィームに正式な地盤を持っていない。それは旅に出がちななまえの気質であったり、師事した魔術師の魔術体系がウィームのものとは違ったり、はたまた魔術可動域が高めのなまえにはまだ時間があるからかもしれない。
ウィームにはきっちり職を持っているにも関わらず、結構な時間をなんだかとんでもないことのために開けてしまったりする住人もいるから、そんなことも影響しているかもしれない。どちらかといえばそちら側ななまえは、彼らに目をかけてもらっている。どういうわけか他国で王子をやっていたという友人が、王子をやる前に頼んでいたスケート靴を納品しにやってきたことを思い出しながら、なまえは自分はまだまだだなぁと考える。
新品のスケート靴の紐を確かめていれば、会の関係で引率することになった魔物がまだ怪訝そうにスケート靴を見ていた。なまえが持ち込んだ素材は少し目立ちすぎる色だったためにきれいに染めてもらったはずだが、そこまで気にする要素がわからず、なまえは知らんふりをする。かなり前のことなので記憶が曖昧だが、もしかすると彼の知り合いを素材にしてしまっているかもしれない。雪の魔物が気に留めるような素材を加工できるのは、なまえではなく友人の靴職人なので、なまえは彼の気をそらすためにコホンと咳をした。
「祝祭の飛び地に行くか、ホットミルクを飲むに行くかだな」
軽く滑り出せば、スケート靴も履いていないのにするりと雪の魔物が滑り出す。大味な雪の魔物の魔術をならすのは、封印の魔術を持つなまえの役目でもある。
「ご主人さまが気に入った屋台だな」
ホットミルクの方を推奨する雪の魔物は、飛び地の方にはすでに行ったのかもしれない。まぁ、なまえのほうも今回はあたたかい飲み物縛りを敢行するのも良いかもしれないと思っていたので、頷きながらさらりと凍った川をかける。それなりに景色は楽しんでいるものの、新品のスケート靴の性能もあいまって、なかなかの速度が出る。メモを取りながら一周するのはあっという間だった。
雪の魔物は屋台のホットミルクを片っ端から飲んでいったなまえを呆れたように見て、彼女が去年購入した屋台の、ラベンダーの蜂蜜が入ったものだけを買って飲んでいた。「たしかに、彼女はお気に入りのものは動かさないからな」というと、雪の魔物は満足そうに頷く。しかしながら、少しかわいい模様の新作の容器に惹かれることもあるかもしれない、というなまえのチェックを聞いて、雪の魔物は眉を少しだけ動かした。
彼が好きなのはご主人さまだから、その間になまえという人間が入って、予想をすることは好ましくないのだろう、とは思う。なまえは気にしないで、ホットワインを選ぶために場所を移す。転移はふまずに、雪靴を履き替えて歩いて行くのは、その途中にある光景を楽しむためだ。その光景の中で見えるリースを楽しむ人のことを考えながら。考え込む雪の魔物を誘導する。
今年は、昨年彼女たちが大変気に入った屋台は出ていないはずだ。祝祭のものが出す数十年に一度しか出ない屋台のホットワインは、大変美味で、なまえも彼女の伴侶の魔物がそうしたように、水筒にホットワインを入れて購入した。
その他に、選択の魔物に買い与えたホットワイン屋、記念グラスを購入した屋台。今年もすべてのホットワイン屋が同じように出ているわけではないが、なまえは片っ端から飲んでいくことに決めていた。幸いなことに、酒精でさほど酔うことはない。
「しかして、どのグラスにするか、だな」
屋台を半分ほど消化したなまえに呆れた様子の雪の魔物が昨年彼女が選択の魔物に買い与えた屋台のホットワインを舐めながら何故と問う。
「それこそすべて買っておけばいいだろう」
「いや、買うのは一つだけだ。なぁ、あの銀狐のものはかなり良いデザインではないか?」
彼女は塩の魔物が擬態する銀狐のモチーフを気に入っている。今年こそはそのモチーフの記念グラスを買うのではないか、となまえが言うと、あまりそのあたりには触れたくなかったのか、雪の魔物は嫌そうにする。
魔物たちのことは、なまえはよくわからないことなので、あまり気にしないようにしながら、なまえは少しだけ、話すことにする。
「屋台の飲み物をすべて飲むのは、俺の趣味みたいなものだからな」
「……趣味」
怪訝そうな顔の魔物にだけは、趣味を咎められたくないなまえは笑顔で牽制しながら、続ける。
「彼女のことを知ってから、俺も選択には気をつけることにしたんだ。だから、ひとつだけ、一つだけを選ぶんだ」
詳しいことを話すつもりはない。ただ、あまり選ぶということをしてこなかったなまえは、選択というものに興味があった。魔術的な意味ではないが、おそらく、きっとその要素は帯びるに違いない。
あまり興味がなさそうな魔物は、彼女たちが存在しなければ、接点のありえなかった階位の魔物だ。擬態してなお美しい魔物に、なまえはどこまでどう説明すべきだろうか、と思いながら、このワインは美味い、と新作のホットワインを評する。これはきっと彼女も気に入るに違いないが、はたして彼女が選ぶかどうか、といえば、ただ立っているだけだった雪の魔物は、試してみるか、とその屋台に並んだ。
ホットワイン飲み比べの記事を何処かに寄稿するのもいいかもしれない、などと思い浮かべながら、なまえはどのグラスを買うべきか、まだ悩んでいた。



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