部誌20 | ナノ


そこから見える景色



「もしかして海賊狩りのゾロ?」

声をかけられて振り返ると、見知らぬ男がそこにいた。
妙に慕わしげな様子から、ゾロのことを男は知っているのだろうが、ざっと記憶をさらってみても見覚えはなかった。
手配書でゾロの顔でも知ったのだろうか。男に敵意はなさそうではあるが、ゾロはそっと愛刀に手をかけて振り返った。敵意や殺意もなしに襲いかかってくる狂人もいる。警戒するに越したことはない。
食糧補給のために立ち寄ったこの島で、トラブルを起こしたくはないのだが、トラブルが向こうからやってくる場合はどうしようもない。いざとなったら素直に怒られるしかあるまい。

「やっぱり! はじめまして!」

「誰だ?」

「はは、めっちゃ警戒されてる。まあそりゃそうか、ごめんなさい急に。かつて貴方に助けられた者です」

笑う男に敵意はなくとも隙もなく、ゾロは警戒を強めた。ゾロに助けられるほど、この男は弱いようには見えない。おそらくそこそこの手練れだ。ゾロと死合えばいい勝負ができるのではないだろうか。そんな男に助けなど必要だったのだろうか。
疑問が顔に出ていたのだろう、男は懐かしむような顔になった。

「イーストブルーで、貴方に命を救われた。あの時はありがとうございました」

故郷の海の名に、ゾロの胸にも郷愁が訪れた。あの旅立ちからどれだけの月日が経ったのか。故郷は遠く、いつあの海に訪れることができるのかわからない。この新世界でも様々なことがあった。ありすぎて、数年しか経っていないはずなのに、もう何十年も離れている気分になった。
そうして、はたと気づく。

「……イーストブルー?」

ここは新世界。故郷の海は、遥か遠く。
ゾロに助けられたという男が、こんなところに来れるものなのか?
ゾロとて、重なる激闘や修行の末に片目が使えなくなった。それほどここまでの旅路は生半可なものではなかった。男も同様に、頬や腕に傷痕が残っていた。

「ええ。貴方に会って、感謝を伝えたくてここまで来てしまいました」

大変でしたと楽しげに笑う男は、みょうじ・なまえと名乗った。



お礼に酒でもどうですかと誘われて、断る理由はなかった。ゾロの目には男は──なまえは、悪い奴には見えなかった。キラキラと輝く瞳には憧れの色があり、喜びの色が混じっていた。断る理由は、ないように思えた。
なまえはこの島に滞在して1週間は経っているらしく、島の地理に詳しかった。美味い酒と料理を出す店があるからと先導するなまえの斜め後ろを歩く。チラチラと着いてきているかどうかを確認するなまえは、幼い子供のようで、妙な可愛げがあった。どことなくチョッパーに通じるものがある。どこと聞かれれば答えることはできないくらい、なんとなくではあるが。

たどり着いた店は通りから少し外れた奥まった場所にある、いわゆる隠れ家的な店だった。ゾロの所属する海賊団は騒がしい連中ばかりなので、食事をするにも大騒ぎだ。騒がしい食事ばかりしてきたので、静かな印象の店に一瞬気後れしたものの、飯と酒を楽しむだけなら気にすることはないとすぐに開き直る。ゆっくりと心ゆくまま、静かに食事をするだけのことだ。

「オレのおすすめでもいいですか?」

「あァ、任せる」

事あるごとに激しい喧嘩をするものの、なんだかんだゾロは同じ麦わら海賊団の料理人、サンジの腕前を認めている。肥えさせられた舌は、そこいらの料理では満足しないものになってしまったが、なまえのオススメだという料理も酒も、とびきり美味かった。聞いたこともない名前の酒を飲み、綺麗に彩られた料理を食べる。ゾロにとっては初めましての人間であるはずなのに、なまえは妙にしっくり来て、会話は楽しく、たまに訪れる沈黙も苦痛ではなかった。

「で? 結局おれは、イーストブルーのどこでおまえに会ったんだ?」

これまでの会話は、新世界までの旅路についての内容が多かった。麦わら海賊団は世間を騒がせることも多い。ゾロたちの旅路について、ニュースになった事件の裏話を聞かれたり、逆になまえの失敗談などを面白おかしく聞いた。なまえは話が上手く、酒も入ったこともあり、いい気分になっていった。原点に立ち返ろうとその疑問を口にした時、ゾロはすでにほろ酔いだった。

「あー……どうしようかな」

今までの会話が嘘のように、なまえが言葉に詰まる。酒の入ったグラスを傾けながら、ゾロは視線で続きを促す。なまえはその視線に気づいているだろうに、目を逸らし明後日の方向を向いた。

「なんか、こう……今更恥ずかし、恥ずかしくないですか!? 忘れてるならもう忘れたままでいいんで……大丈夫ですうわなんか、うわ」

「ンだよ今さら。言え。おれァ恩人なんだろうが」

「いやそうなんですけど、そうなんですけど! でもこう、がむしゃらにやってここまで来たけど、ふと我に帰ったらおれめちゃくちゃイタいひとじゃないですか!? うわ無理絶対ゾロさん引きます。引かれたくない。から言いません」

「あァ?」

頬を赤く染めたなまえは、決意を固めたように力強い瞳でゾロを見た。その瞳に既視感を覚えるものの、どうにも思い出せない。空になったグラスを置けば、すぐに追加の酒が注がれる。酒瓶を持ちながらキリッとした顔で唇を引き結ぶなまえの顔を、ゾロはまじまじと見遣った。あまりにも凝視するので、じわじわとなまえの耳やうなじは赤くなり、視線を逸らしたそうな雰囲気を醸し出す。面白い。これを肴に酒を飲めそうだ。

「い、や、もう、勘弁してくださいよ……」

「気になるから仕方ねぇだろうが。おまえが素直に言えばすべてカタがつくんだぞ」

「正論! でも言いませんからね。はい、これも美味いですよ」

グラスを空けるたびに酒を注がれ、ゾロは瞬く間に酔っ払った。美味い酒は度数も高い。飲みやすい味に酒瓶を開けまくっていたが、結構な量の酒を飲んでいた。そも、酒樽でなく酒瓶なのだ。高くて美味くて強い酒であることは想像に容易い。
美味い飯と、酒と、店の雰囲気と楽しい会話に浸っていたゾロは、未だかつてないほど気が緩んでいた。こんなことは船に乗っている時以外はなかったのに。すべてなまえが悪い。そう思いながら、気づけば眠ってしまっていた。

目覚めた時にはサニー号にいて、船は出航していた。思わず船尾へ走り、船着場を見ると、ゾロに気づいたなまえが大きく手を振っている。

「あんにゃろう……」

遠くからでもわかる満面の笑顔での見送りに、ゾロは歯軋りした。

「あら、目が覚めたのゾロ。酔い潰しちゃってあとで怒られるのが怖いからってお友達に頼まれて出航しちゃったけど、挨拶しなくてよかった?」

船尾でなまえの見送りを受けていたナミが、ゾロに気づいて声をかけてくる。少し躊躇ったのちに、ゾロは首を振った。
よくはない。よくはないが、すでに船は出ていて、今更戻るのもなんだか癪に触る。ここで戻ればなまえの慌てた顔が拝めるだろうが、だからと言って口を割るとは限らない。いやあの笑顔を見る限り絶対に白状しないだろう。

隠されれば気になるのは人の常である。騙し討ちのような形で秘密を守ったなまえに、ゾロは次こそはその秘密を明かしてやると決めた。
新世界は広い。それでもいずれまた出会うだろう。ここで縁は結ばれたのだから。
次こそは、必ず。
誓いを胸に、青空の下、手を振るなまえの姿を胸に焼き付け、中指を立てた。

後になまえの手配書を見かけてその金額に驚いたり、所属している海賊団を知って仰天したり、出会いを思い出して絶句したりするのだが、この時のゾロはまだ何も知らないのであった。



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