部誌20 | ナノ


そこから見える景色



ドフラミンゴは悪のカリスマと呼ばれるだけあって悪い仕事はひと通りやっている。
海賊から乗っ取った国の政治や闇取引、武器の製造から輸出まで。手広くやりすぎて到底ひとりでこなせる仕事量ではないので基本的に部下に任せているが、それでもつつがなく仕事が回っているか、問題がないかを最終的に確認するのは責任者であるドフラミンゴだった。

人造悪魔の実を製造するようになってからは優先度低めになって後回しにしていた、自身が経営しているヒューマンショップの売買リストを見てドフラミンゴの胃に激痛が走った。

30年近く探し回っていた想い人が載っている。
名前だけなら同姓同名の可能性もあったが忠実な運営担当者はご丁寧に写真付きでリストを送ってきたので間違いなかった。作成日を確認すれば先週の日付。そもそもリストが作られるのは商品が売れた後なので相手はとっくにベリーに換金されている。

ドフラミンゴは頭を抱えた。
あらゆる手を尽くして探しても見つからなかった人物がよもや自分の店で売り買いされるなんて想像もしなかった。自室に突然現れるとか、街中でぶつかるとか。そんなふうに思い描いていた再会からあまりにもかっ飛んだ出来事に思考回路がショート仕掛けたが、どうにか耐えて出荷先を特定し、買われた先である貴族の家を強襲した。奴隷にされているのでこのままでは再会を果たすどころか使い潰されて壊されるのが目に見えている。この世界は弱者にとても厳しい。

天竜人ごっこのつもりなのか、想い人の背中に焼き印を入れられて首輪を付けられていたのを目にした時、目の前が真っ赤になった。





親の一存で『人間』にされたドフラミンゴが弟と共に天竜人絶対殺すマンたちから追い回されていた期間、わずかだが平穏な暮らしがあった。
捕まると吊るされて憎悪のサンドバッグにされるので死に物狂いで逃げた先。到底人が住んでなさそうな雑草だらけの古びた家の扉を開いた拍子に世界を飛び越えていたのだが、あれが異世界だったと理解したのはドフラミンゴが大人になってからだ。

生家に比べたら犬小屋より手狭な部屋ではあったが、それでも雨風が吹き込まず清潔で明るい部屋。テーブルに置かれていた湯気の立つ食事に腹の虫が鳴くので、罠かもしれないと思いながらも手を伸ばした時に家主が現れた。ちょっと席を外している間に小汚い子ども2人に家宅侵入され食事を奪われたくせにあまり動じない様子の男に恐る恐る謝ったロシナンテに対し、ケロッとした顔で男は言い放った。

「いいよ。たまにあることだから」

あっちゃダメだろうと侵入した側ながらドフラミンゴはこの家のセキュリティが心配になった。聞けばたまに異界と繋がり向こうの住人を入れたり出したりするとんでもねぇ物件だった。家賃が安いからという理由で住み続けている男のメンタルもどうかしている。

「そのうち帰れるだろうからここにいるといい」

そう言って服や食事や寝床を与えてくる男との生活は地獄を体験した身にとても沁みた。下界に降りてから散々な目にあわされて人間不信気味になっていたので何度か噛み付いたり反抗してみたが全く敵意を向けてこない。それどころか悪夢に泣く2人を抱きしめてあやしてくる。優しさに飢えていたロシナンテはすぐ懐いた。そう間も置かずにドフラミンゴも陥落した。やけに慣れた手付きで頭や背中を撫でてくるので聞いてみれば、たまにある来訪者はボロボロに傷付いた子どもの割合が多いらしいと聞いて、なんだかムカムカした。

そんな楽園での暮らしは唐突に終わり、家主が仕事に出ている間に別れも言えず地獄にリリースされた兄弟の兄の方はその後父を手にかけ、弟はそんな兄にドン引きして失踪した。

あの男にもう一度会いたいと思った。
眠る自分達の額に手を当てて熱が出ていないか確認する大きな掌が好きだったから。弟と並んで寝たふりをして男がそばに来るのを待っていた時のどきどきした気持ちが忘れられなかった。彼はきっと自分たちが起きていたことにも気付いていただろうに、何も言わず優しく頭を撫でるのだ。
それは母親を恋しく思うのに等しい想いだったのかもしれないし、もしかしたら初恋だったのかもしれない。
だが長い年月をかけてじっくりコトコト煮詰めた結果、甘酸っぱい感情は妄執の煮凝りに変容した。
そして最悪のピタゴラスイッチができあがりクソみたいな再会になったのがトドメになった。





廊下とリビングを隔てる扉がたまに謎の来訪者たちが世界を行き来する通路になっていることはわかっていたが、その扉を使わないと生活できないので致し方ない。
だからいつかこうなる可能性は頭の隅にあったものの、いざ我が身に降りかかると困惑した。地面からシャボン玉が浮かび上がる不思議な土地で立ち尽くしていると親切そうな人に声をかけられる。柔和な笑顔に気を緩めて言葉を濁しながら行く当てがないことを口にすれば、あれよあれよと手錠と爆弾付きの首輪をつけられて檻にぶち込まれるというとんでもイベントが起きた。我が家に現れる子どもたちの目が軒並み澱んでいた理由を察してなまえの目も澱んだ。そりゃ人間不信にもなる。

ステージに引っ張り出されて身なりの良い人達が札を上げたり司会らしき人物が木槌を叩く様子から自分のいる場所がオークション会場で、商品にされたことを理解した時にはもう落札されていた。スピード感のある展開についていけず、世界飛び越える前は室内にいたので裸足のままドナドナされて連れてこられた貴族の家。

「天竜人は奴隷に焼き印をいれるらしい」

はじめて人間を飼うのだとうきうきわくわくした顔で熱した鉄を背中に押し当てられ痛すぎて気絶した。

気絶してる間に飼い主が変わっていた。





「おれのものになれ」
「奴隷の人権は飼い主に帰属するのでは」

ドフラミンゴの一世一代の告白は奴隷にジョブチェンジさせられたせいで荒んだなまえの一言で一旦持ち帰ることになった。ポジティブに解釈すれば「わたしはあなたのものです」とも取れる言葉だったが、なまえからは「お前の所有になったんだから好きにすればいいだろう」という自棄と「首だけになってもお前に噛み付いて皮一枚でも引き千切ってやる」という敵意が滲んでいる。地獄を味わったクソみてぇな目だ。
そんなヤケクソで自身を明け渡すのではなく、あくまで自分の意志で隣にいることを選んでほしい。
そんなぴゅあぴゅあな願望を叶える為に手始めに行ったのはカウンセリングだった。ついでに洗脳もセットで行っている。ドフラミンゴは悪逆非道には精通しているが人間不信を拗らせており恋愛経験は底辺だった。

「昔世話になった礼だ。今度はおれがお前の身の安全を保証する」

かつて出会った子どもが自分であると明かしてもなまえは微妙な顔をしている。お前が?という、不審者を見る目だ。ごたついていてスルーしていたが、ドフラミンゴの記憶の中の男と目の前のなまえの見た目はほぼ変わっていない。対してドフラミンゴはなまえの腰くらいまでしかなかった背丈が、今や身長2メートル越えのすね毛の生えたおっさんだ。なるほどこれは怪しまれている。

認識の擦り合わせをしたところ、なまえの世界ではドンキ兄弟が消えてから2年しか経っていなかった。声変わりもしていなかったガキが自分だと言われても、なまえの中ではたった2年しか経っていないのだから不審に思われても仕方ない。時間の流れが違うことと、あの部屋での生活について覚えていることを伝えればようやく納得したのか、なまえの雰囲気が和らいだ。

「ドフィはドフラミンゴって名前だったんだ」

ドフィ、ロシーと愛称を偽名として使っていたことについて謝罪すれば、むしろそれくらい警戒心があった方がいいと苦笑いを浮かべられる。親切そうなおじさんにホイホイついて行ったら売り飛ばされた経験をしたばかりなので危機管理能力があるのは良いことだと頷いていた。

「ロシーはいないみたいだけど、元気にしてる?」
「……ああ、あいつは今遠い場所にいるんだ。おれも随分会っていない」

『ドフィ』と再会したのだから当然聞かれるだろうと想定していた問いかけだった。だからあらかじめ考えていた答えを音に乗せた。嘘ではないが、本当でもない。だがドフィを信頼しているなまえはそれに気付かない。

「そうか。あの子も大きくなったろうな。帰るまでに会えるといいんだけど」

帰る。なまえはそう信じて疑わない。これまで自分のもとにやってきた人物は1人残らず消えたのだから、きっと自分もいつかこの世界から消えるのだと思っているのだろう。
ドフラミンゴは、なまえから自分が現れた場所を聞き出し、その一帯の民家も店も買い取って部下に破壊させていた。どの扉があちらとの接点なのかまではわからない。ならば疑わしい物は全て消してしまえばいい。念入りに外堀を埋めて、いつか帰れないと理解した時、おれから離れられなくなればいい。
帰すわけがないだろう。ようやく手にした宝を手放すバカはいない。ドフィ、とその唇が紡ぐだけで欠けたものが満ち足りていく心地がするのだ。だがまだまだ足りない。名を呼ばれる程度で満足してやるものか。
触れてほしい。頼ってほしい。お前なしではいられないのだと縋って依存すればいい。お前がおれを変えたように、おれもお前を変えてしまいたい。もしいつか、なまえに軽蔑されることがあったとしても、お前のせいでと、お前さえいなければと、そう言われることにすら喜んでしまうのだろう。
どうしようもないなと自嘲しながら、それでもドフラミンゴはそれも悪くないと思うのだ。





海賊は暴力的で略奪や人殺しを平気でする。海軍は海賊を取り締まる立場だがクソみてぇな世界貴族を守る責務がありその気になれば正義の名の下に島一つ消す。政府は臭い物に蓋する為に島一つ消す。
だから王宮から出るなよ、外には危険があふれてるからな。おれの国にいれば安心だ。

なまえが受けた生命の危機に瀕した出来事も引き合いに出して刷り込んだらこちらの常識を持たないなまえはあっさり信じた。この世界で実際にあった出来事を隠さず教えて語尾に「だから外に出てはダメだぞ」とつける簡単な洗脳。

「世界の大部分がクソじゃん」

歴史書でオハラの悲劇を知り、ドン引きした顔で呻いたなまえがドフラミンゴの正体を知ったら幻滅して逃亡を図ることは目に見えているので、ドフラミンゴが元世界貴族で政府に口利きができ、海賊をやっていて立場上海軍と繋がりを持っていることは伏せた。そうでなくても家族殺しをしているので諸々バレると幻滅ビンゴは不可避。

社会の歯車しながらヤバい物件に住み、それなりの頻度で現れる尖ったナイフみたいな子どもたちに衣食住を与えて世話するだけのバイタリティを持っているなまえは本来強い人間だ。単純な力ではそのへんのゴロツキにも負けるだろうが精神力と行動力が抜きん出ている。初見殺しで奴隷落ちして人生詰みかけても、心が折れるどころか死ぬならお前も道連れにしてやると睨みつける程度の胆力があった。本人は雑草魂と嘯いているが、そんな雑草相手では除草剤も匙を投げるだろう。

なので客人としていつまでも収まる珠じゃないことはわかっていた。
現状に不満はないがニートはちょっと、と言って肩身が狭そうにしているとベビー5から報告を受けたドフラミンゴは王宮内の雑用を与えることにした。社畜は何もしないでいると責められているようで苦しくなるので適度な仕事を与えると大人しくなる。あきらかにワーカーホリックなのだが過労死という概念を知らないドフラミンゴはそのへんのカウンセリングはしなかった。

仕事がほしいなら、夜の相手でもしてくれりゃあいいんだが。
そう思えども、本人を前にするとどうにも口にするのが憚られてしまう。これまで体を重ねた相手には加虐的なプレイもしたし子を宿そうなんて小賢しい細工をするような女は用が済めば消してきた。
しかし本命相手には肩を抱く口実も見つけられない。能力を使えば相手の体などいくらでも好きなように動かすことができるのに、指先が動かない。
ままならねえなと広い城内の窓をせっせと拭く背中を遠目に眺める若様を、さらに遠くから部下たちが見守っている。好きな相手には嘘だけはつくな、とセニョールピンクはアドバイスした。嘘はついてないが本当のことは言っていないドフラミンゴは妙に迫力がある部下の言葉にとりあえず頷いた。





王宮から見える景色は今日も穏やかながら活気がある。
ドフラミンゴが良い王様をしていることが窺えてなまえは頬を緩めた。
街で暮らしたいと申し出たのは、自分には王宮に住む資格がないと考えているのと同時に、彼の治める国を見て回りたかったから。奴隷の印は消されたし、自分はドフラミンゴの部下ではない。正式な雇用契約を結んだ使用人でもなく、落ち着かないならと家の掃除を割り振られただけの居候。与えられた仕事に手を抜くつもりはないが、どうにもままごとのように思えてしまう。

なまえが子どもたちの世話をしたのは『未成年は庇護されるべき』という考えに基づいての行動だった。異世界人を警察に保護してもらうには説明に骨が折れるだろうことは想像に難くない。話したところで警官は現実味のない話を信じないどころかなまえを誘拐犯として捕らえる可能性も考えられる。永住するならともかく、彼らは数ヶ月という比較的短期間で帰っていくのでそのくらいならと匿っていた。
だが、1年が過ぎてもなまえが元の世界に帰る兆しはない。自分はあの子どもたちとは事情が異なるのかもしれないとなまえは薄々感じ始めている。
時間の流れが異なっていると言われたが、これだけ期間が長いとあちらでの自分がどういう扱いになっているか、家族や友人は。職場はおそらく解雇されているだろう。家も引き払われているかもしれない。今思えばあの事故物件、先住者が失踪したということで家賃が安かった気がする。当時は早く見つかるといいな程度に思っていたが、もしかすると今の自分と同じようにその人もどこかに飛ばされたのか。

もう2度と故郷に帰れないかもしれない。
さらに半年が過ぎ、不安と寂しさで押し潰されそうななまえは涙が枯れるまで泣いて、そして覚悟を決めた。無理矢理考えを切り替える。辛いことから目を背けている自覚はあったが、いずれ考える必要のある事柄でもあった。
頼る相手のいないこの世界で生きていくのなら生活基盤は早めに固めたほうがいい。ここの暮らしは快適だが国王のヒモはいただけない。情婦になった覚えはないし恋人でもないのだから。
ドフラミンゴは助けてくれた礼をしたい、困ったことがあれば頼れと言うが、奴隷から解放してくれただけで十分だ。むしろ釣りが出る。
だが外に出たいと言っても王は頑なに首を縦に振らない。さすがに勝手に失踪するのはよろしくないのでなまえは今日も王宮の掃除をしている。
せめて街の様子がわかれば自分にもできそうな仕事の目星くらいつけられそうなのだが。
庭を箒で掃きながらなまえは城を囲む壁を見上げた。
許可が出ないなら穏便に出ていこう。穏便にいかない時は多少無理を通してでも。この世界は物騒がデフォらしいので人攫いに遭った体でいなくなっても疑いはされないだろうし。
人攫いに遭った事のあるなまえはトラウマどころか経験を利用して逃亡を図ろうとしていた。
そんなやべぇ計画を練るなまえをドフラミンゴが知ったら「頼れって言ってんだろそういうところだテメェは!!」くらいのことは叫んでいただろうが、残念なことに頭の中を覗き見る能力者の部下は城の外で暗躍していて留守にしていた。





「若様、おはようございます」
「なまえ、おれのことは名前で呼べと言ったろう」
「一国の王を公衆で呼び捨てにはできませんよ」

ドフラミンゴは部下に倣って敬称で呼ぶなまえが気に入らない。昔みたいに砕けた話し方をしろと何度言っても親しき中にも礼儀は必要ですから、の一点張りだ。

「幹部連中は愛称で呼ぶ。なによりおれがこう言ってんだ誰も気にしねぇよ」
「そうですね。では周りに誰もいない時には昔のように接してもよろしいですか?」
「……まあ、今はそれでいいだろう」

手のひらで転がされてる気がする。でも2人きりの時だけ、というのは特別感があっていい。惚れた相手には強く出れない天夜叉だった。

「最近何か困ったことはあるか?悩みがあればいつでも言えよ」
「では城下に出てみたく思います」
「それはダメだ。言ったろう、外は危険だと。ここにいるのが一番安全だ」
「あなたの治める国をこの目で見てみたいのです。1日だけでもお許しいただけませんか?」
「わかった。ただし、おれも同行するのが条件だ」

惚れた弱みは極悪非道の海賊を全肯定botにする。
後になってドフラミンゴはこれはデートになるんじゃないかと自室で悶々とした。なまえはドフィと一緒に散歩に行くのは久しぶりだなあと保護者の気持ちが大きい。互いの向ける気持ちと思惑に大きな差があることにどちらも気付いていない。片や粘着質な独占欲で囲みこもうとし、片や鋼の精神力で脱走を考えている。有能な部下たちは敬愛する若様の恋路を見守るのに忙しく思考回路が若干緩い。
そうこうしている間に弟が命懸けで助けた男がやばい一味を連れて殴り込みにくるのだが知る由もなかった。



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