部誌20 | ナノ


蝉時雨



蝉が鳴いている。
クーラーの中での生活は、締め切った窓のせいで外界とうっすら遮断されている気がする。換気のために窓を開けて、蝉の声を聞いて、やっぱり夏が来たのだなと今更な感想を抱いた。そもそもクーラーをつけないとやってられないくらいには、外の世界は灼熱そのもの。暑くて迂闊に外に出られやしない。あまりの暑さにずっとは窓を開けていられなくて、換気するつもりが窓を閉めてすぐにクーラーのスイッチを入れてしまった。おれは堪え性がない。

「おんもに出たくねえ……」

どれだけ暑くても、任務のためにボーダー本部へは行かなくてはならない。この暑い中歩くのはめちゃくちゃ堪える。かといって一介の学生には車は持てない。原付バイクぐらいが関の山だ。徒歩でもいいから、おれのアパートから本部に直結した地下通路が欲しい。地下通路が来い。作ってほしい今すぐ。地下通路の入口近くに部屋を借りればよかったな。まあそもそも地下通路は緊急時以外使用不可なんだけど……どうして……許して……そしたら引っ越すから……。
なんて、どうでもよくないけどどうでもいいことを考えていても仕方ない。任務の時間は迫っている。気合を入れて外に出るしかないのだ。

寝巻きがわりの短パンTシャツから、そこそこ見られる外出着に着替える。もたもたするのは外が嫌な証拠なので、賢いおれはそれを見越して早めに支度している。テレワークにならんかな。ならねえか。今日は防衛任務だしな。なんで開発室の人間にも防衛任務あるのかわからん。雷蔵さんも防衛任務してんのかな……あのひとが換装してる姿最近全然見ないけど。あれ? 開発室で防衛任務出てんのおれだけ? 嘘でしょ?
この世の理不尽を噛み締めながら無意識に支度完了していた。優秀すぎるのも考えものだ。嫌すぎる。

帰宅予定時間に部屋が涼しくなっているようにタイマーをセットして家を出る。暑い。汗が滝のようだ。汗かきたくないんだよな……汗臭い自分がすごく嫌……。駐輪場で愛車の原チャの前まで来て鍵を忘れたことに気づく。クソすぎる……部屋に戻る気力もなくて、歩いて行くことにした。
どう考えても後のことを考えたら原チャの鍵取りに戻るのが正解なんだけど、なんかこう……戻るのが癪というか……そういう時ってない? あるよね。暑さに参ってるおれは単純なことしか考えられなくて、もう前に進むしかできないのだ。帰りは適当に誰かに送ってもらおう。車持ちっていたかな……。

とぼとぼと歩けど歩けど、本部は彼方。いつもはなんてことない距離が今日はひたすらに遠い。やっぱ原チャで来るべきだった……? いやでも戻りたくなかったから仕方ない、仕方ない。自分を慰めてゆったりもったり足を進める。それにしても蝉、うるせえな。黙ってろよほんと。蝉の声がうるさすぎて、他の音がほぼほぼ聞こえないんですけど、何ここ群生地?
だからいきなり後ろから肩を叩かれて、飛び上がるほどびっくりした。ひゃんって変な声出た。思わず口を掌で押さえて振り返ると、太陽くらい眩しい笑顔を嵐山准がそこにいた。まぶしっ……

「なまえ! 歩いているなんて珍しいな!」

「おう、嵐山、今日も眩しいな。たまにはまあおれも歩きますよ」

好きで歩いてるわけじゃねえけどな。
ニコニコ笑顔の嵐山は、暑さなんて感じないくらい輝かしかった。汗とかかいてなくねえ? やば、これがA級5位の実力……広報活動のお陰で汗をかかない方法でも取得してるのか? ぜひ教えてほしい。おれはもう汗だくだよ。

「なまえは暑さに弱かっただろう? 大丈夫か? 声をかけても届いていないようだったが」

「え、ごめん。蝉の声がうるさくて全然聞こえてなかった」

「ああ、それもそうか。たしかにここは特にうるさいな」

嵐山が視線を横に向けて、つられておれもそっちを見る。視線の先には公園があって、さらにその奥には雑木林がある。公園もそこそこ植樹されていて、そりゃまあ蝉が大量にいるよな。宿木めっちゃあるもんな。ここから少し離れたとこに賑やかな繁華街があるけど、そこに蝉の安息地はおそらくない。だからあんまり蝉の声は聞こえない。こんだけ鳴いてるってことはここが安息地だ。クソい。やっぱ引っ越そうかな、でも繁華街近くは高いんだよなぁ。

ミーンミーンと相変わらず蝉はうるさい。暑さにも音にもやられてしまって、おれの歩く速度はひどく遅い。暑さを感じていないかのような嵐山は、すたすたと先に進んでいく。いや一緒に行こ☆とは言わんけど、声かけて来たからには置いてかないでくれよ……っておれが遅いだけか。

「なまえ!」

蝉の声にかき消されながら、それでも嵐山がおれを呼んだのがわかった。暑さに項垂れ、地面を見つめながら歩いていたおれは、ゆったりと頭をあげて嵐山へと視線を向ける。

「───!」

名前を呼ばれたのとは大きさの違う声で、嵐山が何か言っている。何を言ったのか、蝉がうるさすぎてまじで何も聞こえん。わかってないおれが首を傾げると、嵐山はそれでよかったらしく、満足そうな顔で笑っておれの元へと駆け寄った。

「暑いと疲れやすいんだろう? 早めに本部に行こう」

自然に手を引かれた。おれの手をぐいぐいと引っ張りながら先を進む嵐山の耳も首も赤い。後ろ姿しか見えてないけど、多分顔も赤いのかもしれない。
おれより嵐山のがやばくない? 熱中症か? なんて野暮なことは、言うつもりはなかった。思考能力低下してる頭が、嵐山が蝉の声に紛れさせながら何を言ったのか、今更理解したために、おれの顔も真っ赤になってるに違いないからだ。くそ、読唇術なんて身につけるもんじゃないな。

聞こえないように言ったからには、答えなんて求めてないんだろう。それでもおれは、嵐山の届く予定のなかった言葉に翻弄されてしまっている。
それもこれも全部、この暑さと蝉のうるせえ大合唱のせいだ。

弱りきった体に嵐山の歩幅での歩行はキツかったらしく、おれは本部にたどり着いた瞬間に崩れ去った。慌てまくって焦りまくる嵐山の声をBGMに、救護室にお姫様抱っこで運ばれたのは一生の不覚だ。勤務医には熱中症だと診断されたけど、たぶん知恵熱もあるんだろうな、なんて自己診断しながら、涼しいクーラーの中、本部の救護室のベッドで悶々とするのだった。



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