部誌3 | ナノ


やわらかな棘



別れを口にする巻島の視線は仄かになまえとあわさって、夏の風に混ぜっ返されたようにあらぬ方へと向いていた。
久しぶり。元気してた? そんな会瀬の常套句の後、いつもながらカフェで互いの現状や心境を笑って話す、デートと言えばそうかもしれないモノの帰り道。
夏休みの只中だというのに人っこ一人いやしない、塗装の古めかしい遊具がポツンと佇む小さな公園に差し掛かった頃のことだった。

「もう会いたくないってこと?」
「会いたいに決まってるショ」

意味が分からない、となまえは巻島を覗きこんだところで、目を伏せた青年の手が微かに震えたように思えて、これを手にとって話してごらんよと促した。

「大きな手だよね」

軽く手遊びをして緊張を解してやりながら、巻島の胸内にある迷いを手繰ろうとする。

「オレ、九月からいないから」
「それは簡略に過ぎるよ、裕介」

飄々としている風に見えて、その実は自転車の話題以外は寡黙。
特に真面目な話をする時はいつも口下手になってしまう巻島は、様々な感情を常に内面で燻らせている節がある。
という評価がなまえから見た巻島像ではあったが、これはかつての先輩に対する遠慮が名残惜しげに、未だ彼の中にこびり付いているからかもしれなかった。

「つまりっショ! なまえは、もしもオレと会えなくなったら――」
「裕介と会えなくなるのは寂しい」
「っ、ショ……」
「面と向かって言えるのは今日が最後かもしれないんでしょ? だから言う。裕介とこれっきりはヤだよ」

手の平をあわせ、両手で包み込むように握りしめる。
決して強くない力加減は戸惑いと恐れ、そして自分では巻島を引き留められはしないだろうという、なまえの心の現れでもあった。

「兄貴がイギリスで独立してんだ。そっち手伝いながら、向こうの大学に通う」
「ずっと前から決めてたんだね。それを今の今まで隠してた」
「そうなる、な……」
「でも裕介は英語得意だから、言葉には不自由しないね」
「文武両道っショ、オレ」
「自転車って武だっけ?」
「物の例えショ……揚げ足取るなよ」
「ごめん。あとハイセンスなファッションは、英国でも負け知らずだろうね」
「オシャレには自身あるしな」

二人の小さな含み笑いにつられるように公園の木々が揺れる。さざめく音を耳に、一寸の静寂が落ちた。
不意になまえの手を引いた巻島が、もう片方の手でしっかりと握り自身の胸元へと抱き寄せた。

「やっぱりオレは、なまえを離したくない……どう考えても、何度悩んでも結果は同じショ」
「それは私も同じだよ。私だって裕介を離したくない。お互いに距離があったって……」
「そんでも怖いんだ、オレ。今は大丈夫だと思っていても、来年、再来年……確実に会える日は減っていく。その中で、もし気持ちが変わったらって……」
「もし気持ちが変わっちゃったら、それを知ってしまったら……。心が痛いから、苦しいから、そんな風になる前にサヨナラしよう。そう思った?」
「臆病者だろ、如何し様もないくらいの」
「……山ではあんなに元気なのに」
「ここで茶化しはないっショ!?」
「なまえはオレ一筋だから何の心配もしねぇショ!て言えるようになって来てね。イギリスで。それに――遠距離が怖いのは、裕介だけじゃないんだよ」

IFが怖いという思いは充分に理解できる。これを向けられてしまったことは少しばかり切ないが、お互い様だったのだから仕方ない。
困り顔で破顔するなまえをきょとんと見下ろしていた巻島が、彼女の思いを理解し弱々しくも笑みを広げる。
チクリと当たった言葉の棘は、けれど傷を残すには至らない。
鋭利でなくやわらかに変じたそれは、逆境をも反転させ貫いていくのだという二人の在り方を再認識させるに至った。




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