部誌3 | ナノ


置いてきぼり



はぁ、というため息が耳についた。大きくてわざとらしいため息。そんな音を聞かせてくれるなよ、と思いながら、いや、そんなことを言う資格は自分には無いのだ、と思い直した。
なぜならば、自分は彼を置いていくのだから。


紅葉が降ってくる。桜の花吹雪みたいにざぁっと雪が流れていくように降ってくるわけではない。はらり、はらりと降ってきて、さっき降り始めた雨がぽつぽつと濃いシミを作るつやつやとした石畳に落ちる。かさりと音を立てそうな乾いた落ち葉が、ぺったりと石畳に張り付くのも時間の問題かな、強くなる雨を見ながら思った。そこは、静かな京都の何処かの寺で、冴え冴えとした緑の苔が綺麗なこじんまりとした庭が魅力的だった。平日に観光客もここまでは足を運ばないというような小さな寺で、人気はなくて、観光客の動向なんて興味がありません、というような澄ました顔をした管理をしている人以外、僕と彼しかいなかった。
僕は一人旅で、彼も一人旅だった。彼は、静かな寺というようなところがあまり似合わない人で、僕はどちらかと言えば人見知りするようなところがあったのだけれど僕と彼はすぐに仲良くなった。はじめは、多分、「いやあ、雨ですね」「困りますね」なんていう他愛もない話からスタートしたはずだったけれど、こんなところで、こんな日に出会うなんて、という数奇性のせいか、すぐに打ち解けて、雨宿りをしながら次に行く寺の話なんかをぽつぽつとした。
それが、僕と、彼との出会いだった。
彼と出会ったことは、完全な偶然だったし、「またどこかで、」なんて言って別れたけど、何処かで出会うこともなく終わるのだと思っていた。

結論から言うと、二年後の冬、彼と僕は再び出会った。物語としては、此処で彼と僕は二度と出会わなかった、なんていうと面白くないだろうから、当然のことだろうけれど、それはきっと決して高い可能性ではなかったと思う。
彼と僕が出会ったのは、本当に完全なる偶然だったのだ。一つ、必然になるような要素があったとすれば、それはお互いがお互いの顔をしっかりと覚えていたことだろう。話すことに夢中で、名前もろくに聞かなかったがその容姿をしっかりと覚えていた。
癖の強かった茶髪は綺麗に整えられていて、サングラスをかけていたり、服装が前に会った時以上に洗練されていたけれど、はっきりとあの時の彼だと僕にはわかった。
彼は僕は彼を見て驚いてるのと同じように、僕を凝視して、それから朗らかに笑った。
「また、会えるとは思わんかった」
「それもこんなところで」
彼と二度目に会ったのは、静謐で閑散とした雨の寺ではなく、雑雑としたどこにでもあるようなスーパーマーケットの食料品売場だった。
彼は片手にきゅうりを持っていて、僕は片手にレタスを持っていた。ひと通りの再会を喜んだ後、「いつもこのスーパーで買物をしているのか?」と聞いてみたところ、彼は、「いや、今日はたまたま」と答えた。なんでも、マンションはこの近くにあるらしいのだが、ここで買い物をすることは滅多に無いらしい。
「今日は、仕事が折角の休みやのに、冷蔵庫がカラやったんやわ」と言って首を竦めてから、彼は、こう言った。
「アンタ、これから暇? 良かったらうちで昼飯食うていかんへんか? ……まァ、俺の手料理なんやけど、これも何かの縁やから、色々話してみたいし」
アンタの勝った分は帰るまでうちの冷蔵庫に入れといたらいいで、と付け加えて、暇やったら、やけど。更にもう一度付け加えた。
僕の方も今日は偶然にも暇だった。だから僕は、一も二もなく、喜んで、と答えた。それに、彼はなんか居酒屋みたいやな、と言って笑った。
その日、僕は彼の名前をはじめて知って、連絡先を交換した。彼の名前は草薙出雲と言って彼が切り盛りしているバーの名前と場所も一緒に教えてもらった。それから、僕は彼の作ったスパゲッティを食べた。魚介の入ったトマトソースのスパゲッティだった。
彼の家で食べたスパゲッティは、僕が今まで食べてきたスパゲッティの中で一番美味しかった。

意気投合した僕は彼のバーを訪れたり、彼の部屋に招かれたり、僕の狭いアパートに彼を招いたりというのを短い間隔で繰り返して、その冬が明けて春が来るまでに僕と彼は恋人になった。
唐突なことではなく、それは自然なことだったと僕は思う。なぜなら、僕と彼はふたりとも、運命のような何かを感じていたのだから。

ところで、彼のバーは、あまり品の良いとはいえない連中の溜まり場になっていて、彼はその集まりの幹部だったりすることを僕はもちろんの事知っていた。
彼には伝えていなかったけれど、僕もいわゆる、「ストレイン」に関係するようなことを仕事にしていたせいで、彼の恐ろしさなんていうものもよく知っていた。
僕は、彼との個人的な間柄と、それとは別のものだとは思っていたけれど、結局僕がストレインであることは彼に打ち明けることが出来なかった。
それが、多分、最初の軋轢だったと思う。


ガラス玉を通して大きな瞳が僕を覗いていた。
“探られるような”感触に眉を顰めながら僕は少女に問った。
「何か、わかった?」
少女は意外そうな表情をすぐに引っ込めて、それから、少し迷って口を開いた。
「イズモのこと、好き?」
多分、知られているだろうな、と思っていた僕は秘密だぞ、と口止めをしてから「好きだよ」と言った。
彼女は困惑したように首を傾げて、なら、と続ける。
「なら、どうしてホントのことを、」
僕はその言葉を人差し指一つで遮った。赤い服を着た少女は揺れる瞳で口を閉じた。
「うん。わかってるよ」
そのつぶやきはまるで、自分に言い聞かせるためのもののようだった。



「黄金の王のもとへ、行こうと思うんだ」
僕が言ったことを、彼はひとつも飲み込めない、というような顔をした。
「僕には、やりたいことがあるんだ」
どうして、とか、やりたいことって何、というようなことを彼は聞かなかった。そして、とても傷ついた顔をした。
「……なまえは、自分のこと、いっこも教えてくれへんのやな」
そうして頭を振った。
僕が彼に隠してきたことが原因で、2人の仲はもう、修復できない程に壊れてしまったのだと、僕はその時に悟った。その隠し事っていうのは、二人が今まで一緒にいて築いてきた時間を、信頼を、全て壊してしまうような性質を持っていて、それ故に、これから話していけばいい、と安易に言えるようなものではなかった。
彼が、自分に一つ一つ開示してくれた事実に対して、僕は全てに嘘をついていたのだから、当然だろうと思った。

そうして、僕は彼に、さようなら、と言った。




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