部誌3 | ナノ


もしもの話をしよう



雨が降っている。
目が覚めた時から降っていた雨は、時間が経つにつれてだんだんと強くなっているような気がする。
鬱々とした気分を引きずりながら、手早く着替えを身支度を済ませて廊下を進む。
そういえば、あいつがいなくなったのはこんな日だったか。

「ここ、いい?」
「どうせ嫌だっつっても座んだろうが」
「流石、よく分かってるじゃない」

まだ人もまばらな早朝の食堂で、一人静かにコーヒーを啜っているとハンジが現れた。
朝食のトレイを向かいの席に置きながら、奴は笑う。
奴のいただきます、という声を聞き流しながら視線をコーヒーに落とした。

「そういえばさ」

マグカップを片手に、変人が口を開く。
気付けばハンジの皿は空になっている。いつの間に食ったのだろうか。
いや、それよりも。こいつが楽しそうな顔をして話を振ってくる時は、大抵しょうもないことか、どうでもいいことのどちらかだ。
よほど俺は面倒くさそうな顔をしていたのだろう、目の前の眼鏡は「やだなーまだ何にも話してないのにそんな顔しないでよ!」などと言いながらボルテージを上げていく。何にも話してないと言いながらそのテンションは一体何なんだ。
そんな相手が鬱陶しいことこの上なく、目の前の変人が口を開く度、眉間に皺が寄っていくのが自分でもよくわかる。

「もしも、もしもの話だよ」
「何だ面倒くせぇ。ハッキリ言え」

俺の舌打ちに物怖じもせず、ハンジはにこりと笑みを浮かべる。
いや、どちらかといえばこの笑みはもっと邪悪なそれで。にやり、そう、そんな効果音だ。
間違いなく何かを企んでいる。もしくは、これから起こるであろう何かを予想して、面白がっている。そんな雰囲気がある。

「”以前の壁外調査で消息を絶った男が帰ってきた”って言ったら…どうする?」

なんだ、それは。
なんだ、どういうことだ、ちょっとよくわからねぇ。
奴の言葉を聞いて停止した思考が再び稼働を始める前に、気付けば俺は食堂を飛び出していた。
「今はエルヴィンのとこにいるはずだよー!」という声が聞こえて、それに従って俺は走る、走る、ひたすら走る。
以前の壁外調査で消息を絶った男が帰ってきた、なんて。それは、もしかして。
期待は確信に変わりつつある。いくらハンジとはいえ、あいつは悪趣味な嘘をつくような奴ではないということを知っている。ならば、きっとそれは事実なのだろう。
全力で廊下を駆け抜ける。エルヴィンの執務室までは、次の角を曲がればすぐだ。
角を曲がった先に、視界に飛び込んできた扉の前にいた見覚えのある後ろ姿がこちらを向く。
奴の視線が俺の姿を捉えた。途端、瞳が見開かれて次の瞬間にその顔は笑みを浮かべる。奴が、口を開く。

「……リヴァイ!会いたかったぜ金貸して!!」
「……っ、死ね!!このっ、クズ野郎!」

2年5か月と18日ぶりに再会した同期の右頬に、俺が飛び蹴りを喰らわせるまで、あと10秒。




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