部誌3 | ナノ


もしもの話をしよう



 がじがじと勢いよく咀嚼する音が、狭い部屋に響く。白い部屋はクレヨンの落書きで彩られ、ベッドも冷蔵庫も噛み壊されている。まるで子供部屋だ。その子供部屋の床で、隊長が持ち込んできたアラガミのコアを、シオががっついていた。壊れたベッドに浅く座ったソーマは、その様子を横目に見る。
「シオ、おいしいですか?」
「おいしいー! ありがとなー!」
 隊長はシオの隣に膝をついて、にこにことシオの様子を見守っている。彼女は一人でシオの食事を用意してきたと言っていたが、今シオが食べているのはおそらくヴァジュラのコアだ。あの新人が一人でヴァジュラを討伐できるまでになったのかと、変えぬ表情の下でソーマは隊長のことをまた少し認めた。
「ソーマは最近、よくここに居ますね」
 隊長の大きな瞳がこちらに向けられ、ソーマはそれを避けるようにあらぬ方を向く。
「別に、俺の勝手だろう」
「そんな不貞腐れないでくださいよぉ。ここにいるときのソーマはいつもより楽しそうだなって思っただけですから」
「……アンタに言われる筋合いはない」
 確かに、最近はこの部屋に入り浸っている。望んでシオと居ることは否定できない。隊長は立ち上がり、ソーマの隣に腰掛けた。長い桃色のツインテールが、ソーマの肩をくすぐる。フードと前髪で隠されたソーマの顔を覗きこむように首を傾げる隊長を、ソーマは怪訝な顔で見やった。何が楽しいのか、隊長は小さな唇から白い歯をちらりと覗かせて微笑む。ソーマは直感した。こいつ、何か企んでやがる。
「ねえ、ソーマ。もしこの世界にアラガミがいなかったら、ボクたちはどうなっていたでしょうね?」
 あまりに、馬鹿馬鹿しい質問だと思った。もしもなんて考える価値はない。現実の問題としてアラガミは発生してしまっているのだから。シオが目の前にいるこの状況で、そんなことを問うのか。ソーマはフンと鼻を鳴らしただけで、答える気が無いことを示した。しかし隊長はそれを予想していたようで、気にした様子もなく話を続ける。
「きっとアナグラなんて無くて、神機使いなんてのもいなくて、ボクたちが出会うことも無かったんでしょうね。もちろん、シオとも」
 自分の名前が聞こえたからか、食事に夢中だったシオが「なんだー?」と間抜けな声を上げてこちらを見た。彼女の頭を撫でてやりながら、隊長は彼女が皆に好かれる理由の一つだろう、人懐こい笑みを見せた。
「だから、ボクはこのクソッタレな世界が、嫌いじゃないですよ」
 ソーマもそうでしょう? 彼女の笑顔は、そう言っているように思えた。それに何故だか言葉を返すことができず、ソーマは舌打ちをした。
「さてと、ボクはそろそろお仕事に行かなくちゃ」
「仕事だ……?」
「あの、特務ってやつです」
 危険な任務に向かわされるというのに、彼女はにこやかなままだった。シオの頭をもう一度撫でて、隊長は部屋を出て行った。シオと二人残されたソーマは、もう一度舌打ちをする。なんであいつは、俺のことを知った風な口をきくのか。
「そーま」
 気付くと、シオが円らな瞳で見上げていた。
「シオは、そーまにあえて、よかったぞ!」
 話を聞いていたのか。ソーマを気遣ってだろうその言葉に、ソーマはフと笑みを零した。




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