ため息に怯える
落胆されることのないように。
冷静に、落ち着いて、スマートに。
焦りなんか見せないで、焦っても表に出さないで。
がっつきすぎないように、ある程度の一線は守って。
さりげない気遣いを、心がけて。
ウィンターカップで優勝して、勢いづいていたのは確かだ。今思えば相当テンションがあがっていたんだと思う。
興奮冷めやらぬままにかけた優勝の報告に、電話相手は嬉しげな声で祝ってくれた。連絡先を聞いて、初めての電話だったというのに、迷惑そうにもせずに。
「よかったな、火神。なんだかおれも嬉しいよ」
笑んだ声が電話越しに伝わってきて、目の前にいなくてよかったと思った。ブレーキなんか利かず、抱きついてキスでもしてしまいそうだった。それくらい舞い上がっていたし、嬉しかったし、好きだと思った。一緒に喜んでくれている事実が、たまらなかった。
「なあ、よかったらハツモウデ、ってやつ? 一緒に行かねえか」
そんな誘い文句が出てきたのは、余りすぎた勢いのせいに違いない。口に出してから後悔しきりだ。まだ早かったんじゃないかとか、新年早々断られたら立ち直れないとか、様々なことが頭を駆けめぐり、背中を伝う冷や汗に体を震わせた。
「初詣? いいけど」
その時の感情を、どう表現すればいいだろう。何を口走ったのか把握もできないまま電話を切って、残されたのは初詣の約束だけ。
携帯を握り締めたまま一番に思ったのは、「どうしよう」だった。
我に返って携帯のボタンをプッシュ。これまた知ったばかりの番号に電話をかけて、相手が出るのをひたすら待つ。一秒が一時間にも感じられて、ダイヤル音が消えた瞬間に、叫んでいた。
「助けろ、タツヤ!」
いつだって頼りになるのは兄貴分で、こと色恋沙汰に関して、彼に勝る知り合いはいなかった。
頭の中で繰り返すのは、兄貴分の忠告だ。恋する相手が同性でも驚きはしても嫌悪はしなかった彼の、もっともらしい忠告を何度も脳内で繰り返す。
冷静に、落ち着いて、スマートに。
焦りなんか見せないで、焦っても表に出さないで。
がっつきすぎないように、ある程度の一線は守って。
さりげない気遣いを、心がけて。
落胆されることのないように、全身で彼に集中して。
真冬に吐く息は白く、代謝のいい火神でも芯まで冷える寒さだった。待ち合わせ場所に約束の30分前に着いてしまったのは、そわそわする気持ちを押さえきれなかったからだ。
「はぁーっ」
聞こえた溜め息に、びくりと体が震えた。火神の隣を通り過ぎる人々が冷えた手を温めるために息を吹きかけている。
落胆されないように、溜め息を吐かれないように。
兄貴分の教えは冬のこの日には見極めが難しそうだと、火神も大きな溜め息を吐いた。
約束の時間まで、あともう少し。
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