部誌3 | ナノ


ため息に怯える




ソイツは、突然やってきた。

「よう、タイガ、久しぶり。部活、おつかれさん」
「……久しぶり、てか、オレの家の前で何してんだ」
「いやぁ、しばらく厄介になろうかと思って」
「はぁ?」
「頼む!お前しか頼る相手いねぇんだよ!この通り!!」
「おい、頼んでるなら頭ぐらい下げろよ!」
「おう!この通りだ!!」
「土下座までは要求してねぇよ!!」
「そうか!」
「……あー、まぁ、とりあえず入れよ」
「おう」

家の前で体育座りで待ち構えていたイトコのなまえは、ドアを開けてやれば傍らにあったボストンバッグを持って中に入ってきた。
「なんで俺のところに来たのか」と尋ねても、「お前は突然押し掛けても、イトコを門前払いにしないと思ってな」とかなんとか言うばっかりで、肝心の原因の部分は教えちゃくれない。

「なまえ、大学はどーすんだ?」
「ん?ちゃんと行くぞ?ここから通える距離だし」
「ならいいけど…」
「あ、こう見えてバイトもちゃんとしてるからな。世話になってる間の金はちゃんと渡すから安心しとけ」
「そーゆー心配はしてねぇよ」
「ん。そか」

もりもりオレの作ったご飯を頬張りながらなまえは笑い、俺がちょっと呆れながら溜め息をつくとなまえはちょっと真顔になって「3回目」と呟き、なんだよと聞いても笑ってはぐらかされた。

「あ、片付けぐらいはやる」
「じゃあ、頼む」
「おうよ!」

食事が終わり、しばらくまったりした後に突然なまえは立ち上がってそう宣言し、黙々と食器を綺麗にし始めた。

「なまえ、」
「ん?」
「なんか悩みでもあるのか?」
「へ?」
「いや、なんか、無理して笑ってねぇか?」
「はー……あー……しまった。4回目だ…。うん。まぁ、お前が気にすることじゃねぇよ!」

食器を布巾でピカピカに磨きながらなまえはちょっと失敗したような笑い顔を見せ、食器棚に食器を全部しまうとオレの足元の床にごろっと寝転んだ。

「タイガ、踏め!」
「は?!」
「冗談だ」
「なまえが言うと冗談に聞こえねぇ…」

床に寝転んだまま真顔で踏めと言い、固まったオレをけらけらと笑い、なまえは猫みたいにオレの足元に丸まった。
一体さっきから何なんだと溜め息をつけば、指を折って何かを数え小さく頷いた。

「…うん。5回目だな」
「さっきから何数えてんだ?」
「俺とタイガの溜め息の数だけど?」
「……そんなん数えて何するんだ?」
「今日の腹筋の回数をため息の数で決めようと思ってな」
「は?」
「いや、だから、今日の腹筋の回数を決めようと思って数えてた」
「はぁ?」
「いや、だーかーらー、」
「いや、いい。何度も言わなくてもいい。てか、なんで溜め息なんだよ」
「なんとなく」
「なんとなくかよ」
「おう。こういうのはそういう適当さが肝心なんだよ」
「へぇ…」
「冗談だ!」
「冗談かよ!!」

なまえとのやり取りに思わず深い溜め息をついてしまえば、なまえはにやぁっと笑って「6回目だなー」と笑い、突然そのまま腹筋を始めた。

「こえぇよ!」
「おー、わりぃな!」
「ったく…。なまえの分の布団、用意してくる」
「助かる!」

腹筋をしているなまえを踏まないように気を付けながら、うっかり溜め息をすれば、腹筋をしながら「7回目!」となまえは言い、それに思わず溜め息を付けば、なまえはまたにやぁっと笑った。

それからしばらくして判明したのは、溜め息の数は毎日腹筋の回数を決めるというわけではないということだった。
ある日はスクワットの回数だったし、ある日は走り込む時間で、ある日は腕立て伏せの回数だった。
なんで毎日メニューが違うのかと聞けば、なんとなくだと返された。
前からわけわかんないやつだとは思っていたが、一緒に暮らし始めて、さらに謎が深まるだけだった。





「なぁ、タイガ」
「ん?」
「学校はどうよ」
「どうって」
「部活が楽しいとか、勉強がすこぶるヤバいとか」
「なまえが言ったまんまにほぼ近い、かも」
「勉強すこぶるヤバいのかよ」
「あ、笑うなよ!オレだって努力してんだからな」
「おー、おー、勉強見てやろうかぁ?」
「なまえ、勉強できんのかよ」
「失礼なやつだな。これでも高校の時は上位にいたんだからな」
「へー」
「ほらほら、勉強見てやるからわからないとこ言ってみろよ。何からやる?数学か?国語か?ん?」

その日、なまえは溜め息を連発しまくり、それなのに予想以上の回数に増えてしまったらしいスクワットをきっちりこなし、次の日、歩くのが辛いと呻いていた。
申し訳ないと思いつつも、なまえの教え方がうまいのか、教えてもらった範囲の小テストの点数はそこそこ取れたから、また教えてもらおうと思い、それを伝えればなまえはにかっと笑った。

「んじゃ、週に一日、何曜日か決めてやるか。その日は溜め息の回数と筋トレの回数のレートを下げる!そうしないと筋肉痛で俺死ぬ!もう若くない!やっぱ運動は怠るべきじゃないよなー…」

そう宣言しながら最後に溜め息をついてしまったなまえは、小さく呻きながらスクワットの回数を増やしていた。





「で、結局何なんだ?」
「何が?」
「いや、ここに転がり込んできた理由と腹筋とかしてる理由の話」
「あぁ、それな」

週に一度の勉強の日。しばらく教えてからオレの理解の悪さに「休憩だ、休憩!」と叫んでなまえはシャーペンを投げ出してコーヒーを淹れ、美味そうに飲んでいる最中に尋ねれば、なまえは勉強するときにだけ掛ける眼鏡を外して、ちょっとだけ笑った。

「まぁ、単純にタイガと一緒に居たかったってのもあるし、お前に比べて俺ってばひょろひょろだからさぁ、ちょっと鍛えようと思っただけだ。うん」
「ん?」
「簡単に言えば、口実が欲しかっただけだ」
「何の」
「……わかんないなら、それでもいい」

首を傾げるオレの横で、なまえは溜め息をついて、頬杖をついて、柔らかく笑った。
とりあえず、オレを口実に自分を鍛えようって思ったらしいことは、なんとなくわかった。わかったけど、なんか違うのもわかっている。けど、何が違うのかわかんねぇ。
あー、慣れねぇ勉強なんかしてるせいだ…。

「ま、俺、割と気は長いほうだから、じわじわ攻めてくことにして、しばらくじっくり頑張ることに決めたから」
「……よくわかんないけど、頑張ればいいんじゃねーの?」
「ん。頑張る」

なまえは楽しそうに笑うとオレの髪をぐしゃぐしゃにしながら撫ぜた。

「とりあえずはお前の勉強教える最中の溜め息の数減らすこと専念するわ。馬鹿なお前も可愛いけど、溜め息つきまくって腹筋増えるの辛いし…。あー、もー、今日は何回腹筋すんのか考えたら、マジで怖いわー。もう溜め息つきたくねー…」
「えっと、なんか、わりぃ」
「気にすんな。千里の道も一歩から!オレが筋肉つけるのも、タイガの点数あげるのも、いろいろ進展するのもちょっとずつだ。ちょっとずつ。な!」
「お、おう!」
「うし、んじゃ、再開すんぞ!」
「うっす!!」

とりあえず、ちゃんとした話を聞くには後にして、今はこの目の前の課題をなんとかするのが先決らしい。




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