部誌3 | ナノ


クリスマス中止のお知らせ



黒子テツヤという人間は、割と古典的な人間だ。メールより手紙の方が風情があるという姿勢を崩さず、送られてくるメールはいつも簡潔。
もうちょっとこう、なんかあってもいいと思わないでもないけど、それすら彼らしいと思えば愛しく思えた。


【明日はお休みで、母の了解は得ました。】


震えた携帯を確認すればそんな内容で思わず溜息を吐く。最初の頃は分からなかったが、これはお泊まりのお誘いである。明日部活が休みで、親の了承を得たから泊まりにこい、という。
はじめの頃は判らなくて、よく黒子を不機嫌にさせたものだ。黙り込んでじとりと睨みつけてくる黒子はかわいかったけれど、それより戸惑いの方が大きかった。

今日から冬休みに突入する。ウィンターカップのために練習を頑張る黒子に帰宅部な俺はなんも言えなくて、二人で過ごす時間は随分と減った。

「しゃーねえなぁ」

だから、そんなことを言いながら顔がにやけてしまうのは摂理に違いない。まったく、俺って奴はしょうもない人間である。




教えてくれるならいつ部活が終わるのかも教えて欲しかった。
俺たちの関係は一応秘密なので、大っぴらにバスケ部のいる体育館に行くわけにも行かなくて(一部にはバレてるかもだけど)、学校についたってのをメールで送ってから教室に引っ込んだ。暖房がないから寒くて仕方ない。
教室に忘れ物したって理由で入れてもらえてよかった。先生には学ランの下に着込みまくって着膨れした姿に呆れた顔をされたけど、代わりに下に吐いてるのが学ランズボンじゃなくてブラックジーンズなのがバレなかったのは幸いだ。

ついでに冬休みの宿題やっとく、というのを付け足したので長居しても構わないはずだ。暖房が入らないことをあらかじめ言われてたとはいえナメてた。寒い。凍死する。
ホットドリンクでも買いに行くか、と腰を上げたのと同時に携帯が震えた。案の定黒子からで、「第二理科室」とやっぱり矢簡潔な一言。余計寒そうなイメージしかない理科室に何のようだと首を傾げながら、教室の鍵を返しに職員室に寄る。ホットドリンクを恵んで貰って、宿題進んだか、なんて言葉に苦笑いしたら苦笑いで返された。
気をつけて帰れよ、の声に頭を下げて、帰る振りをして第二校舎に向かう。理科室や図書館みたいなのは別棟にある。人気が少ないから逢瀬には相応しいだろうが、如何せん寒い。人気が少ないから余計に。

背筋をぶるりと震わせながら、着替えと申し訳程度の勉強道具が詰まった鞄を肩にかけ直して足を進める。暖かな職員室に入ったせいで、余計寒い。痛いくらいの空気の冷たさに嫌気がさすが、そこに黒子がいるなら行くべきだろう勿論。
貰ったホットドリンクを両手で包みながら歩いていけば、ようやく目的地に辿り着いた。キョロキョロ挙動不審な態度を取りながらここまで来たけど、見事なくらいひとがいない。黒子をさすがと言うべきか、まあ当たり前だよなと思うべきか。案の定暖房なんかなくて、こんなところに寄り付く物好きは俺や黒子みたいな奴らだろう。

にしたって秘密の逢瀬を過ごすならこんな寒いとこは選ばないだろう。風邪引くわ。
かすかになったホットドリンクという名の温もりをポケットに突っ込んで、第二理科室の扉に手をかける。開いてるはずのスライド式の扉は動かなくて首を傾げたら、中から反対です、なんて声が聞こえてきた。もうひとつの扉まで移動して扉をスライドさせるとすんなり開いた。

「みょうじくん」

暗い部屋で、黒子の輪郭がぼんやりと浮かび上がって見えて、俺の目がおかしくなったのかと思った。なんだこれは、色惚けか。
椅子ではなく机に座っているのは、床が冷えているからだろう。俺の足だって冷えすぎて感覚があまりない。

「黒子」

呼びかけて近寄りかけて、念のために扉を閉めた。ちょっと考えて鍵も掛けた。警備員さんにバレたら怖いしな。

「よく入れたなあ、鍵かかってなかったか?」

「まあ、それは」

俺の言葉に黒子は学ランのポケットを探り、鍵をひとつ取り出した。ひょっとしなくても多分理科室の鍵だろう。職員室の鍵を保管する場所に欠けた空間はなかったはずだ。何故こんなとこに、と首を傾げれば、拝借して予備を作ったのだという。何故理科室。こんなに寒いのに。

「夏は涼しかったんですよ」

使うのが今になってしまいましたが、と溜め息を吐く黒子に、まあ夏は大変だったからなあ、と思い出す。大変だったのは俺じゃなくてバスケ部だけど。
そっか、と頷けば、いいから早く、と急かされる。

「みょうじくん、寒いです」

「ええ? じゃあこんなとこ来ずに黒子ん家に直行すればよかったじゃん」

鞄を床に置いて黒子に近づくと、襟元を引っ張られた。びっくりしすぎて変な声が出た。思わず机に両手をつく。

「びっ……くり、した」

「ふ、変な声」

「もー……」

バクバクする心臓を落ち着けるために深呼吸。それでも収まりきらなくて唸って顔を上げたら、黒子との距離が近くてびくりと体が震えた。黒子の両脇に手をついて、まるで俺が迫っているみたいな体勢だ。
バクン、とさっきより心臓が跳ねた。思わず距離を取ろうとしたら黒子の手がするりと首に回る。

「え、と、黒子」

「みょうじくん――なまえ、くん」

呼び名と声音が変わって、ドキドキが加速する。いつもは苗字で俺を呼ぶ黒子が、下の名前で読んでくるのはベッドの中だけだからだ。

「く、黒子さん?」

「なまえくん」

唇が触れる。重ねた黒子の唇はあったかくて、唇をなぞってくる舌は熱かった。首に回された腕に引き寄せられるまま深く口づける。部活上がりだからか黒子の体は俺よりあったかい。口の中だって。

「は、……」

舌を絡め合って口の中を舐めまわして、ようやく唇を離した時にはお互い息が上がって、体温も上がっていた。それでも指先は冷たいままで、黒子の唇の端から少し零れた唾液を拭うと黒子が体を震わせた。

「何、どうしたの急に」

こつりと額を額にぶつければ、黒子は気持ちよさそうに目を閉じて、だって、と拗ねたような口振りで告げた。

「部活があって、クリスマスは一緒にいられないんです」

「え、ああ……そうなの」

告げられた言葉はどちらかといえば予想通りで、何を思うでもなく受け入れられた。夏を乗り越えたバスケ部が、冬にかける思いは俺が思うよりずっと強いと思うから。

「なんでそんなに落ち着いてるんですか」
む、と至近距離で睨みつけてくる黒子に苦笑する。ここで俺がごねても困る癖に。
くっつけていた額を離して、そこに口づける。あやすように鼻先や目元に、まだ湿っている唇に振れるだけのキスを。

「誤魔化されませんよ」

「なんで俺が誤魔化すんだよ、用事があるのは黒子なのに」

「だって」

唇を尖らせて拗ねる黒子に頬が緩んだ。
普段はあまり表情を動かさない黒子の、こんな一面を俺だけが見れているのかと思うと嬉しい。

「大事な試合が近づいてるんだ、仕方ないって分かってるよ」

それに、こうやって逢える時間を作ってくれてるだけで十分に嬉しい。
そうへらりと笑うと、黒子は少し考えこんでから溜め息を吐いた。

「僕は君ほど、大人にはなれそうにありません」

ぎゅう、と首に回した腕の力を強めて抱きついてくる。背中をポンポン叩いてやれば、はあ、とまた溜め息。

「バスケも大事ですが、なまえくんだって大切です。クリスマスだって一緒にいたかった」

それは勿論、俺もだけども。
なかなか複雑な黒子の心情に俺も溜め息が出てしまう。悪い気分じゃないんだから、全くなあ。

「だから、」

パッと離れた黒子に思わずキョトンとしてしまう。離れた温もりに寂しさを覚える前に、襟元に冷たい指を差し入れられてギョッとした。冷たい空気も入り込んできて首を竦めてしまう。

「だから――なまえくん」

求められているものに気づいて戸惑う。目線をうろつかせる俺の頬を包み、黒子は微笑んでそっとキスをくれる。

「ここで? ちょっと寒すぎない?」

「だから今から暑くなるんでしょう?」

おっさんくさいぞ黒子。
シャツの襟元のボタンを外して、首筋に軽く歯を立てられる。ぞくりと背中が震えたのは、寒さのせいだけではなくて。

「僕の家に行って部屋に二人きりでも、こういうことは出来ないじゃないですか」

「そうかもしれないけど、何もこんなとこで」

「だって我慢できません」

そうのたまう黒子の目は欲に濡れていて、また首の後ろに腕を回されたと思ったらそのまま引き倒された。机に背中を預ける黒子に覆い被さるような体勢になって、ああもう。

「大事な時に風邪ひいても知らないからな」

「そうなっても君が手厚く看病してくれるから、きっと早く治ります」

俺が看病するのは決定事項かよ。いやまあその通りなんだけど。

冷静に考えられたのはそこまでで、俺は誘われるままにまたその熱い唇にかぶりついたのだった。




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